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perfection of mind ~自心に究極の輝きを~

生まれ育った地域の中で、「障害」児・者が共に生き、学び、育ち、それぞれが尊重され、誰もが、幸せを感じイキイキ活動できる地域になることを目指し活動して行(生)きます。

自分のコアってナンだろう・・・

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自分の心の中の“中心”コアを考えるとき・・・

 

今、自分がなぜ福祉にこだわっているのか?

 

なぜ、好きだった学校の仕事を

“もう!おしまい”にしたのか

 

理由は、いろいろあった。

 

けれど、心の奥底の小さな疼きのようなモノ・・・

それは、やはり第1子の娘のことだ。

“しょうがい”児としてこの世に生を受けた彼女は

 

両家にとって初めての女の子の孫だった。

 

誰もが彼女の誕生を心待ちにしていた・・・

 

だけど・・・

 

誕生した瞬間に・・・

みんなが深い悲しみに打ちひしがれた。

 

“命の誕生”誰もが喜びに満ち溢れるであろうこの日・・・

 

初めての出産で

私は人生の中で初めて

こんなに深い深い奈落の底があるのか・・・と思えるほど

 

深い深い闇の世界に突き落とされたような感覚に陥った。

 

 

さまざまなことがあって今の私がある。

その中には、若いころの自分自身が

まず、親になれなかったこと・・・

まず、自分の気持ちが優先の彼女にとっての

“差別者”だった私がいる。

 

「何でわたし・・・」

 

「何で私だけ・・・」

 

そんな気持ちでいっぱいだった。

 

口唇口蓋裂で生まれた彼女をみて・・・

(10段階で言うと8くらいひどいと医師に言われていた)

 

「女の子なのに・・・」

 

「このまま何かあって死んだ方がいいかも・・・」

 

とさえ思ってしまっていた、すさんだ自分がそこにはいた。

受け入れる気持ちが、覚悟が

中々できずにいた、あの日々・・・

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9月に生まれ

すぐに大学病院へ・・・

 

病院に面会に通いながら、

週に1回しか面会時間はなかったが・・・

さまざまな同じ境遇の親に会った。

 

夫婦で嬉しそうに子どもを抱っこしてニコニコして写真を撮って・・・

私は写真なんて撮る気にもならなかった。

「撮りましょうか?」

とそのご夫婦に言われたとき・・・

「いえ・・・大丈夫です。」と答えるだけで・・・

 

その後に母が

 

「よく、こんな顔のかわいそうな子の写真を撮る気になる

よね・・・」

 

と一緒に来た義母と話しているのを聴かされ

 

そうだよな・・・と思う反面・・・

 

やっぱり期待を裏切った

 

悪いことをしてしまった自分を再確認させられていた。

 

聴こえたであろうそのご夫婦が

肩をすぼめてあきれたような顔をしたのが忘れられない・・・

 

まだまだ・・・

このトキも

私は“差別者”だった。

 

1月に彼女が自宅に帰ってきて

小さな彼女が私に笑い、ニコニコ笑顔のかわいいこの子を

受け入れはじめ、親にやっとなりかけたとき

 

暖かい日に外に散歩にいった。

 

近所の同世代の方が、

 

「わあ~みせてもらおう。」

 

とベビーカーをのぞき込んだトタン

さっと顔色が変わって

みてはいけないものを見てしまった、

そんな表情で

 

「じゃ」

 

とさっさと帰られてしまった日のこと・・・

今でも鮮明に覚えている。

 

その日から私は引きこもってしまった。

 

「外には連れていけない・・・」

 

最低限、病院のときだけ・・・

そして、人通りがなくなった時間に公園のブランコで

二人で揺られてた。

 

ニコニコ笑う彼女に・・・

私は・・・なんて親なんだろう・・・

 

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誰かに認めてほしくて・・・

誰かにこの気持ちを知ってほしくて・・・

 

赤ちゃん雑誌の“無料電話相談”に何度も何度も・・・

電話が通じるまで☎をかけ続けた。

 

「あなたは、よくがんばったいますよ」

「お母さん、誰のせいでもないのよ・・・」

 

って・・・言われてホッとして・・・

 

でも決して、心の霧は晴れることがなかった。

 

彼女が半年くらいだったか8カ月くらいだったか

外の子どもの声に反応して

ニコニコ外を指さす。

 

「この子のこれから先の未来を決めるのは、今は私でしか

ない」

「この子の望むこと・・・友達」

「私が傷つくことを恐れず。、この子のために一歩踏み出

せば・・・」

 

そんな思いから・・・子ども達の声のする公園へ

出かけた。

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子ども達は赤ちゃんに反応して

すぐさま寄ってきた。。

「かわいい・・・」

 

その中の一人が言った。

 

「この子の鼻何でこんなにぺったんこで大きいの?口の上

のテープどうしたん?」

「ケガしたん?」

 

矢継ぎ早に質問が飛ぶ・・・

 

「そうね・・・この子は私のお腹の中でけがをして産まれ

てきたんよ。何回か手術を

していてね。それでテープしとるん・・・」

 

聞くだけ聞いたら

 

「ふーーーーん」

 

みんな遊びに戻っていった。

子どもの質問は率直でストレート。

中には傷つく人もいるだろう。

けれど。私は歯に衣着せぬ素直な質問に

大人たちの遠巻きに

見て見ぬふりするのではない感覚に

 

清々しささえ感じていた。

 

何だか今まで何で外に出なかったのか不思議なくらい

晴れ晴れとした自分がいた。

 

・・・とひとり女の子が戻ってきて

「赤ちゃん産むのって大変なんよね・・・お母さんが言っ

てた。

お母さんや赤ちゃんが死ぬようなこともあるんだっ

て・・・

赤ちゃん無事で良かったね。かわいいね。」

 

って・・・

 

私はこのとき、ほんとに

このこのような子どもに育てなくては・・・

と強く強く思っていた。

それから・・・語れば・・・

長い長い物語・・・

 

ただ、原点は“差別者”だった自分だ

 

そのスタートから私は、たくさんの人やモノや

学習に出会う機会を広げ・・・

動き続けた。

 

そして、今がある。

 

彼女のおかげで、たくさんのコト、モノに出会えた。

 

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それは、どの子も同じだけど・・・

 

この子のような子ども達・・・

この子達の未来が、どの子とも変わらぬように・・・

保育所(幼稚園)、学校、そして長い長い学校卒業後の人生・・・

 

高校も

学力的には小学校1年生から4年生くらいまでのばらつきのあったこの子。

普通高校(私立)へ進学しました・・・

たくさんの人が応援してくれ、手助けしてくれ

「卒業後の進路は保証できません」

と言われ入学。

 

卒業が近づくと先生方は必死になって

先行きを心配し・・・探してくれました。

 

謝恩会のとき、

「入学判定会議で本当に賛成と反対・・・ホントに僅差でした」

「ただ・・・この子達に学ばせてもらおうと受け入れが決まりました」

と聴きました。

 

素敵な素敵な出会い。

 

通学のJRの駅員さんからは

元気で明るいお嬢さんに会えなくなるのはさみしい

ね・・・」

 

ともおっしゃっていただきました。

 

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いいことばかりではなく課題もたくさんありました。

が・・・

 

29歳の今日まで

就労支援所は何か所変わったことか・・・

 

けれど

それは常に前向きな選択です。

 

これからは“しょうがいしゃ雇用”にチャレンジする話も・・・

 

それはこの子の“未来”だけではありません。

これから続く・・・

子ども達のためにも・・・・

ずっとずっとつながるように・・・

 

私が“この子”と出会って・・・

“この子”から気づきをもらい

“この子”から様々な私を含めた

様々な“差別”に出会い

“この子”を通して自分が行動していくことの大切さを学ばされ

“この子”と共に

さまざまなチャレンジを

新しい仕組みを

そして未来のしあわせを

誰もが住みやすい地域づくりを考えていけるようになった。

 

私が、これからの人にできること・・・

 

それは、私の経験の中で、

 

今どんなことをしたらいいのか

 

どうしたら“この壁”を乗り越えられるのか

 

この子のためにどんな未来が想像できるのか・・・

 

親としてできること、考えていかなくてはいけないこと等々

 

一緒に考えていけることだと思う。

 

さまざまな人と繋がりながら

これからの未来

楽しく創造していけたら・・・

 

そう思っている。

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自分の“コア”を問い続けながら・・・