perfection of mind ~自心に究極の輝きを~

生まれ育った地域の中で、「障害」児・者が共に生き、学び、育ち、それぞれが尊重され、誰もが、幸せを感じイキイキ活動できる地域になることを目指し活動して行(生)きます。

「障害」児と共に~暮らしやすーーーーくなるために~私にできること4~

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時々・・・

私がやってることって・・・

「通訳」みたいだな・・・って思うことがある。

 

もしかしたら・・・

これが『お役目』なのかもしれない・・・

 

ある人は・・・

「それが支援ですよ・・・」

とも言われたけど・・・

 

毎回・・・ルーティーンでやってくる人は・・・

 

「そろそろ・・・事業所を変わろうと思います・・・」

 

と話に来る・・・

(定期的に数カ月に1回ほど・・・)

 

「そこに何で行こうと思ったの・・・」

「そろそろお金が・・・」

 

(何回も・・・このパターンで挫折してきている・・・)

 

「そこは・・・ホントに生きたいところなの?

そこで・・・どんなことをするの?」

 

「大体〇〇〇みたいなこと・・・」

「そんな作業は・・・好きで・・・

目標だったっけ??」

 

「いえ・・・」

 

「今まで経験したとき・・・どうだった??」

 

「あーーーーやっぱり・・・

もう少し今のところで頑張ってみます。」

 

(毎回・・・このルーティーン・・・でも自分では・・・きっと

整理できなくなるんだろうなーーー)

 

この話を定期的にすることで・・・彼は今

出会ってから初めて・・・1年を超えて通所できている・・・

好きなことをすることも少しづつ始めだした・・・

 

ある親子の電話の会話では・・・

 

「明日、お休みしたい」(作業所に行ったいる・・・)

 

と本人が言ったら・・・

 

「何で・・・そんなこと言うん?」

 

「ゆっくりしたい・・・」

 

「給料が少なくなるし・・・

カラオケも映画も行けんよ・・・・(略・・・・)」

 

「・・・・でも休みたい」

 

「かえって・・・また話そう・・・」

 

と電話が切れた後・・・

 

しょんぼりしている・・・彼女と話をした・・・

(少し前から・・・一緒にいて

明日は休むと本人(成人)は言ってた。)

 

「明日休みたいの?何で?」

 

「疲れているから・・・ゆっくりしたい」

 

「ゆっくりは・・・どこでしたいの?」

 

「家」「何をしたいの?」

 

「ゆっくり寝たい・・・」

 

「そうかーーーゆっくり寝たら

今回は土曜まで仕事あって

日曜はイベントもあるでしょ?どうする?」

 

と聴いたら・・・

 

「ゆっくり出来たら・・・頑張れる。

             がんばる!!」

 

と本人の言葉・・・

 

「そうかーーーじゃあ・・・私が

お母さんに今の話・・・説明しようか?」

 

「うん!!おねがい・・・お願いしていい??」

 

「わかった」

 

ってな具合で・・・お話させてもらったり・・・

(彼女は・・・しっかり休むことができました)

 

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また・・・別の人では・・・

話をしていて彼女の特性と事業所のお仕事内容があってないなーーー

と思っても

行ってる本人の意思を尊重して・・・

(社会参加も・・・また大切・・・)

 

「好きなことは・・・??」

 

(と・・・内容を聴いて)

 

「じゃあ余暇活動でここにきて・・・

作品つくってみますか?」

 

(彼女は・・・イキイキと作品作りにときどきやってくる)

とか・・・

 

発達障がいのお母さんの息抜きの場だったり・・・

子育ての相談の場所であったり・・・

 

事業所の方の・・・自分の事業所の方の特性を掴んでの

導き方だったり・・・

自分達の事例の中での意見交換・・・話し合いだったり・・・

 

全ては・・・

 

「何で・・・そう思われますか?」

「何で・・・そうしたいの??」

 

ただそれだけ・・・

 

私も・・・いつも・・・

私自身にも問いかけてる気がする・・・

 

「私に何ができますか?」って・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「障害」児と共に~暮らしやすーーーーくなるために~私にできること3~

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最近読んだ、ある方のブログで・・・

 

「信用」と「信頼」は次元が違う

とかいてあった。

 

「信用」・・・相手のことを

       条件付きで信じること

「信頼」・・・他者を信じるに

       あたって一切の

       条件を付けないこと

 

おーーなるほど・・・

これは確かに・・・とても大きな違いだ・・・

 

要するに・・・

「信用」って人についてくるものではなく・・・

その方の条件(肩書、不動産、保証人)についてくるってコト・・・

 

「信頼」は

信じるに値する根拠があろうがなかろうが信じる。

ってコト・・・担保がなくても・・・

無条件で信じる。

 

その人の持つ条件ではなく、その人自身を信じる。

 

そして

 

「その人を信じる自分」を信じる。

「信じる」の世界の向こうに

「信じ切る」世界があって、

その向こう側に

「信じおおす」世界が広がっている。

 

だから・・・自己信頼あっての他者信頼なんでしょう。

 

仕事の関係は、何らかの利害や外的要因が絡む条件付きの関係。

仕事という利害によって結ばれた「信用」

 

ところが、

「この人と交友しなければならない理由」は1つもない、

利害も、強制もないにも関わらず

「この人と一緒にいたい」という心の中の動機によって

結ばれていく関係があります。

 

条件ではなく

その人が行くなら一緒に行きたい。

これが仲間。

何より大事な宝物、それが仲間

 

信頼の世界で旅を続けていきたいですね

二度とない人生ですから

人生で最も大切な宝物

それは、良き仲間

 

・・・っていうようなことを書いてあった・・・

 

あーーーみなさんは・・・

こんな仲間っていますか??

 

私は・・・こんな仲間がずーーーっと欲しいと

思ってた・・・

 

そして・・・

周りには・・・そんな人ばかりに囲まれてるって思ってた。

 

だけど・・・

 

「違った」とこれを読んで・・・

つくづく実感した・・・

 

「そんな人ばっかり」ではなかった。

それもごくごく・・・少数だった・・・と・・・

 

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要は・・・

私自身が「信頼」からほど遠い人間だった・・・

ってコトでしょ・・・

 

自己信頼あっての他者信頼なんだから・・・

自分自身が・・・自分を「信頼」してない・・・

 

きっと中途半端なんだ・・・

 

「信じ切る」自分ではないし・・・

「信じおおす」自分でもない・・・ってこと・・・

 

みんなの学校の木村泰子先生が・・・

子ども達や大人にも言っていた

「はい、やり直し・・・」

 

そうだなーーーー

やり直しだ・・・

気づいたときから・・・

 

人はひとりでは弱い・・・

ひとりでは何もなしえない・・・

だから・・・

 

人生で最も大切な宝物

それは、良き仲間

 

自分が変わらなきゃ・・・

 

自分が信じ切り、信じおおす自分にならなくては・・・

 

きっと・・・

そんな出会いは広がっていかないのだな・・・

 

「欲しい、欲しい」ばかりでは・・・

ダメなんだ。

 

一切の条件をつけず・・・信じて・・・信じ切って

そして・・・信じおおす・・・

 

深いなーーー。

でもやっていきたい。

私の・・・ビジョンのためには・・・

どーーーしても欲しいから・・・

 

人生で最も大切な宝物

それは、良き仲間

 

私ができること・・・やりたいことは

 

「信頼」なしにはできないから・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

「障害」児と共に~暮らしやすーーーーくなるために~私にできること2~

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永年・・・一緒に活動をしている人と

話をしていると・・・

 

「うん、うん」

 

とわかり合える部分が多い・・・

 

だけど・・・

 

新しい発想がなかったり・・・

意見や自分の考えが出てこなかったりする・・・

遠慮して言わないのか・・・

考えを出すのが怖いのか・・・

いったら・・・しなきゃいけなくなるから

と思っているのか・・・

 

そして・・・

 

「いつかは・・・」

 

「宝くじが

  あったったら・・・」

 

なんて・・・夢物語のようなコトが出てきたりする。

 

「いつか・・・」

 

なんて待ってたら・・・そんなものは

いつまでたってもやってこないと私は思う。

 

「いつか」

 

なんて待ってる悠長な時間なんて

ないし・・・そんなものは・・・

一生やってこないとも思う。

(原生では無理で・・・来世コース・・・

あればね・・・)

 

「これってどう思う?」

 

って聞いても・・・なかなか

 

「んーーーーー

  答えは難しい

    ですよねーーー」

 

なんてハッキリとした言葉が・・・出てこない

ことがある・・・

 

私が、学んだ方が

 

“不感症の人が他人の心なんて動かせるわけがない”

 

といっていた。

そうだよなーーー

人の心を知ろうと理解しようとしなければ

人は動かないし・・・うわべだけは・・・

すぐに化けの皮が剥げてしまう・・・

 

思いもしないし感じもしない・・・

考動もない

その言葉は・・・誰の心にも刺さらないし・・・

相談しようとも思わないよなーーー

なんて・・・思ったこともあった。

 

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そして・・・

“組織”が長くなってくると・・・

私がもやもや感じ始めていたことを・・・

的確に

“あーーーー”って思った言葉があった。

 

「最も強いものが

生き残るのではなく、

最も賢いものが

生き延びるのでもない

唯一生き残るのは、

変化できるものである。」

 

この方は・・・学歴も高学歴で・・・

一流会社に所属されていた・・・

それが・・・退職を迫られ・・・

解雇され・・・

凄く“変化”の生活の中から・・・

 

今では・・・“情報発信”やその他の仕事で

大きく活躍されている・・・

 

全てのことは時代の流れの中で・・・

様々に動いている・・・

何においても・・“突然”も出てくるし・・・

どんなことが起こるかも・・・

予期できなかったりもする・・・

 

はやりを追うわけではないが・・・

歴史にこだわることでもない・・・

今までやった来たこと・・・

そこに“疑い”の目を

向けることも必要で・・・

特に・・・

自分のやってることに対して・・・

“疑い”を持たなければ

人としての成長もないと思う。

 

“変化”は人は怖い・・・

でも・・・“変化”していかないと

救えない人がいる・・・とも

最近思う・・・

 

知らないって・・・怖い!!

世の中の手法って・・・まだまだ・・・

知らないことだらけだ・・・

 

でも・・・

自分が“救いたい”と思う人のためには・・・

叩かれてなんぼ・・・

自分の信念を信じて

実践してきたことをベースに“変化”を受け入れ

学びを掴み取っていく・・・

 

“現状維持は退化”

 

良く聴く言葉だ・・・

周りは動いている・・・流れている・・・

進んでいる・・・

その中でじーーーーっとしていても

今の位置を大事にしていても・・・

取り残されるばかりだ・・・

 

それでは・・・

私の『救いたい人』は救えない・・・

 

生かされている・・・

その勘者の中で・・・

 

だから・・・

 

“使命”を果たさなきゃ・・・

“ビジョン”を追求しなきゃ!!

 

 

 

 

 

 

 

「障害」児と共に~暮らしやすーーーーくなるために~私にできること1~

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秋になり・・・

これから・・・

行事も増えてきます・・・

 

先日も・・・

 

「相談に行きたいんだけど・・・

(発達障がいっぽい・・・)

園に子どもが迷惑をかけているし・・・

様々なお手伝いを運動会前でしているので・・・

なかなか行けなくて・・・」

 

と言われている保護者がいました・・・

 

困ってる方は・・・

その園だけでも・・・知ってるだけで・・・

数名いる・・・“療育”にたどり着いていない人も

数名いて・・・【困っている】と・・・

また・・・

同じ校区や同じ学校の保護者でも・・・

よくそんな話が出てくるらしい・・・

 

先日もボディセラピーの方と話をしていて・・・

様々な「障害」児の困りごとや保護者の悩み、不安

そんな話になって・・・

 

「最初にどんなことに

取り組むべきか?」

 

「どんなことに困っていたか?」

 

というような話になった・・・そして・・・

 

「私たちが・・・

今できることって

     何なんだろうね??」

って・・・

私には・・・とりあえず・・・「障害」児に関わってきた

30年とǸPO活動に費やしてきた26年と

養護助教諭として学校を見てきた15年

そして・・・福祉にかかわってヘルパー、放課後デイの相談役

就労支援事業所の相談役、相談支援専門員・・・

また・・・行政と一緒にやってきた事業の経験など・・・

を生かし・・・何か役に立てるようなコト・・・

 

本来・・・大きな夢もあるけれど・・・

 

その中でも・・・やはり自分が歩いてきた道・・・

助けてもらってきたコト・・・

 

誰もが苦しみや悲しみ・・・不安から

少しでも解消される手立てを知り・・・

日々前向きに過ごしていってほしい・・・

と思っている。

子どもに向き合うって・・・

本当に【エネルギー】がいる・・・と思う。

そこに真摯に向き合うためには・・・

まず、子どもの目の前の保護者が元気でいること・・・

それが・・・子どもにとって

とても重要だし・・・大切なことだと思っている・・・

 

“子育て”をスイスイなんだか自然にやってる方もいれば・・・

日々・・・ご自分を追いつめてる方もいる。

 

これくらい・・・と思える人もいれば・・・

些細なミスでも自分を許せない・・・そんな人もいる。

 

まずは・・・親子に来てもらって・・・

一緒に体と心のメンテを・・・していって・・・

どこを今・・・一番にやるべきか・・・

手立てを打っていくのもいいね・・・という話になった。

 

自分で自分がよくわかってない・・・

(どこが困っているのか?誰が困っているのか?

ホントはどうしたいの?なんて・・・混乱してる・・・)

それゆえ・・・子どもにもどう対処していっていいか

わからない・・・

きっと・・・順番がふれなかったり・・・

やる手順がわからなかったり・・・

なんだよなーーーー

それが・・・周りに相談しにくい・・・

「障害」児の保護者には

特に顕著なんですよねーーー

 

これって・・・

昔の自分でもあったから・・・

なんかしみじみ・・・

 

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まずは“出会い”をつくろう!!

みんなが欲しがってるけど・・・

なかなか・・・自ら動き出すことができない方に・・・

 

さあ・・・どう届けようかは・・・

まずは小さな一歩から・・・


 

 

line.me

 

 


 

 

「障害」児と共に~暮らしやすーーーーくなるために~価値観5

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「障害」児・者と長年接していると・・・

やっぱり・・・みなさん様々なことに

【困ってる】し【繋がり】を求めてる。

けれど・・・

 

つながり方や・・・

困ってるを・・・出すのが苦手・・・

というか・・・

どこで話したらいいの??

って困っていらっしゃるなーーーって感じる。

きょうだい児のことだって・・・

 

「これって・・・

言っていいのかな?」

 

「これってみんなに

言ったらひかれそう・・・」

 

「こんなことくらいに

困ってる人いるのかしら?」

 

みたいな・・・ことだったり

 

本人のことだって・・・

困ってるけど・・・言いにくい

聴きたいけど・・・否定されないかな・・・

とか叱られないかな??

難しいこと言われたり・・・

課題がたくさん出されるのでは・・・

なんて・・・思っちゃったりしてるかも・・・

 

ご相談に来る人とはねーーー

そんなたいそうなことは話さない

困ってることを・・・ひたすら聴く聴く・・・

 

そして・・・

 

あーーーこれって昔の自分だーーーー

あーーーマイナスの辺りをずーーーっと

うろうろしていて苦しいだろうなーーー

あーーーご自分の癒しができてないなーーー

自分が満たされないと・・・

子どもに向かっていけないよなーーー

 

自分が経験したことはね・・・

たくさんお話しできるし・・・

どうやってセルフヒーリングして・・・

自分を保っていく・・・ことができるのかは

アドバイスできる・・・

自分癒しは得意だからねーーー

教えること・・・たくさんできますよ・・・

 

そして・・・知らなかったりすることはね・・・

一緒に考えて・・・

一緒にチャレンジしていく・・・

そして・・・また・・・お会いしたり

メッセージでやり取りしたり・・・

そして一緒にまた話して・・・

新たなことだったり

またそのことの改善だったり・・・

 

学校に一緒についていったり・・・

することもあったりするし・・・

学校の先生とお話しとかするけど・・・

(保護者のお願いとかで・・・)

相手側は最初は・・・すごく緊張されて・・・

 

「何のために・・・

ついてきたのか・・・」

 

って引き気味な感じだけど・・・

話していくと・・・

その緊張感は取れていく・・・

まあ大体聴き方は・・・

 

「どうして・・・

そう思われますか?」

 

「そのほかには・・・

どんなことがありますか?」

 

「その方法以外は・・・

どんなことがありますか?」

 

なんて・・・

大体お尋ねと・・・

後は・・・子どもの立場になったとき

これから・・・何をするのが最善か?

さあーーーみんなで何をしていきましょうか?

というお話ばかりなので・・・

 

「あなた方の・・・

   そのやり方が・・・」

 

「それが間違えでしょ!!」

 

なんて・・・誰が・・・どうとか

何がどうとか・・・

✖を探すことはしないので・・・

案外スムーズに話しは終わっちゃう・・・

また次回はーーーなんて・・・

 

でも・・・親はね・・・

きっと感情が入るから・・・

子どもの前で人を非難したり・・・

自分の好き嫌いを子どもに話しちゃったり

価値観を押し付けちゃったり・・・

知らず知らずのうちに

してたりするんですよねーーーー。

大人同士の避難、批判の中で・・・

子どもがおろおろしてたり・・・

 

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ホントに・・・みなさん・・・子どものために

一生懸命・・・ただ・・・それだけ・・・

なんだけどね

 

やり方・・・手法は・・・

たくさん・・・

人によって、家庭によって、

十人十色ですよ・・・

 

何か・・・あったら・・・

気軽に身近に・・・

今は・・・

リアルでなくても・・・オンラインでも

メールでも・・・

色々ありますよね・・・

 

便利な世の中になりましたーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「障害」児と共に~暮らしやすーーーーくなるために~価値観4~

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そうそう・・・

私の「障害」児を産んでからの【価値観】は

(差別感満載の・・・自分だったことから

少しはましになったこと)

昨日ブログで書きましたが・・・

 

そういえば・・・

 

衝撃の【価値観】って・・・

今まで何度も聴いてきたなーーー・・・

って思い出しちゃって・・・

それは・・・私にもなかった【価値観】で・・・

でも・・・きっと・・・それはいるよな・・・

いや・・・いるでしょ!!!

って実感した出来事でもあった・・・

 

「聴いてくださいよーーー」

 

で・・・聴いたこと・・・

ある保護者が・・・

「障害」児の子どもは可愛い・・・だからとても大切に

育てている・・・

だけど下の子は・・・夫任せ・・・上のお子さんのことで

忙しい!!のほかに・・・

その理由は、なぜか???

 

「下の子は・・・

上の子の面倒をみせるために・・・

          産んだ・・・」

 

って理由らしい・・・

にわかに信じがたい言葉であると私は感じたのだが・・・

彼女は

 

「みなさんも・・・

       そうでしょーーー」

 

って感じみたいだ・・・

 

周りはーーー

 

「いや違うよ」

 

とか

 

「そんな子育て

     するんだったら・・・」

 

とか・・・

 

さまざまな意見を戦わせたみたいだけど・・・

私は直接聞いたわけではないので・・・

ほーーーって感じだった・・・

 

「それで・・・その後は・・・

      なんか変わった?」

 

って聞いたら・・・

 

「いやーーー変わらなくて・・・」

 

って・・・

(ある意味真が強い!!思い入れがある!!)

でも・・・人って簡単には変わらないから・・・

みなさん・・・その家族を案外フォローしていたみたい・・・

 

その後・・・下の子は成長し・・・どうなったか??

ちょっと前に聞いたときには・・・

上の子に暴言暴力・・・手のつけようがないとか・・・

(まあーーーそうだろう・・・うん!正当な成長かな・・・)

その後・・・離さなきゃで・・・

寮にいれたいとか(しょうがい児の方を)

言ってたみたいだけど・・・

その後・・・どうなったかは詳しくは聴いてない・・・

(でも・・・下の子のフォローしないと大変だよね・・・

これからの人生が長いし・・・きょうだいが最終的には・・・

順番で残っちゃうから・・・)

 

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まだ・・・あったなーーー

支援学校に通っている保護者から・・・

 

「もう・・・驚きですよーーー」

 

って・・・

 

保護者が子どもに向き合わない?興味がない??

祖父母に任せて・・・

学校にも顔を出さない・・・

進路やその後のことについても考えがない・・・と

祖父母が困ってる様子・・・だと・・・

 

「何か・・・理由は??」

 

って聞くと・・・祖父母が言うには・・・

 

「そんなに・・・

   長く生きられるわけでも

         ないから・・・」

 

ってコトらしい・・・って・・・

 

ん???

 

「普通・・・

命の先がないならば・・・

今を大事にするんじゃあないの??」

 

って思ったけど・・・

(私の周りにも・・・その価値観の人が多いけど・・・)

でも・・・この【価値観】もあるんだよなーーー

 

きっと・・・怖くて・・・向き合えないのかもしれない・・・

一生懸命向き合って・・・それに終わりが来る・・・

不安かもしれない・・・

 

私には・・・わからないけど・・・

様々なこと・・・想像することはできる・・・

 

でもねーーー【価値観】って変えることができる・・・

でも・・・それは【出会い】が大きく影響する・・・

 

早く・・・たくさんの【出会い】をつくって

 

素敵な人生を・・・歩んでほしいと願うばかりだ・・・

 

 

 

 

 

 

「障害」児・者と共に~暮らしやすーーーーくなるために~価値観3~

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「障害」児者に出会う機会が娘が

「障害」児だったので多かったから・・・

私の人生において・・・

様々な気づきと出会いを・・・

 

たぶん人の数倍もらっている

と私は思っている。

 

私が子どものころからの生き方で

ずーーーーっと生きていたら

きっと半径何キロかの人としかかかわってこなかった

だろうと思う・・・

きっと・・・ぼちぼち無難に人生を

それなりに楽しんでいたに違いない・・・

きっと・・・それがベストだと信じ・・・

日々を消化していっただろう・・・

 

あーーあの日・・・

不思議・・・娘を生んだ日・・・

あんなに嫌で・・・

人生が狂ってしまった・・・

私だけが何で・・・夢なら戻って・・・

なんて・・・ずーーと心の中で叫びながら

泣きじゃくったあの日・・・

自己中で差別心の塊だった私が

 

娘のおかげで・・・

人間らしく生きさせてもらった・・・

たぶん私が出会うことがなかった「価値観」にも

出会わせてもらったと思う。

 

まずはじめは・・・

自分の中の差別性との闘いでもあり・・・

自分が少しましになるまで・・・

ホントに悲劇のヒロイン?(主人公)だったなーーー

自分がかわいそうで大変で・・・人とは違う人生なんだ

なんて・・ね・・・

一番大変なのは誰か?なんて・・・

そのとき考えれれもしなかったんだよね・・・

女の子で・・・顔がこんなで(口唇口蓋裂で・・・)

どうやって生きていくんだ・・・

私はどうしていくんだ・・・と・・・

ずーーーと主語が・・・自分自分で・・・

ホントに・・・

大人の仮面をかぶった世間を怖がってばかりの

子どもだった。

きっと・・・そんな「価値観」しか

出会ってこなかったんだなーーー

 

彼女が生まれたのが20代後半・・・

それからが・・・私が・・・

本当の意味の・・・人生を考える機会になったと思う。

自分が苦しくて苦しくて・・・

哀しくてどん底で・・・みたいなとこから・・・

彼女と生活する中で・・・

 

「私は・・・母親なんだ。

この子を育てなきゃなんだ」

 

「この子は・・・

私を頼らねければ・・・

生きていけないんだ」

 

と少しづつ・・・前向きになっとぃって・・・

外に出て・・・世間の風当たりに・・・

また・・・落ち込んで・・・

でも。。。周りを見渡すと“理解者”や“協力者”が

いてくれて・・・

ぐーーーっと上がっていったかと思うと・・・

身近な親から・・・様々な言葉を投げかけられ・・・

また・・・ぐーーーっと落ちて・・・

また周りに助けられ・・・

そんなこと・・・何十回・・・

いまとなっては何百回繰り返してきただろう・・・

“許せない”最初の闘いは自分だった・・・

そして・・・それが・・・最終的には・・・

今は・・・社会課題と向き合う・・・

そんな自分になっている。。。

そこに行きつくまでには・・・

「価値観」が生まれる・・・変容する・・・

進化する・・・

そのすべては・・・<人>だった。

必ずターニングポイントには・・・よくも悪くも・・・

人がいる。

 

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私が・・・すべてが。。出会いに救われたように・・・

これからは・・・私が誰かのための・・・

出会いになっていけたら・・・

そこを“加速”していきたい・・・

そう思いながら・・・日々・・・

新たな展開を・・・今進めていっている・・・

 

 

 

 

 

 

「障害」児・者と共に~暮らしやすーーーーくなるために~価値観2~

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んーーーこの世の中に・・・

【ヘリコプターペアレント】

という言葉があるらしい・・・

 

内容を読んでいると・・・

なるほどーーー

「障害」児の保護者にも・・・この価値観の方・・・

多いよなーーって内容だった。

 

ヘリコプターペアレントっていうのは・・・

 

まるでヘリコプターがハウリングをしているように

親が子どもの頭の上で旋回し、目を光らせている様子

から名付けられた。

“過保護かつ過干渉な親”の総称。

わが子が失敗しないように上空で見張り続け

困難に遭遇しようものなら、すぐさま飛んでいって

助ける親のことを指す。

アメリカでは社会問題にもなっている。

 

「過保護は“わが子への愛情ゆえ”

と好意的にとらえていた時期も

ありますが

最近のアメリカの研究では

その傾向が否定されつつあります」

 

とのこと・・・

 

研究の結果わかったのは・・・

 

1.親としての温かみがないうえに過保護だと、

子どもはのちのち自己否定感に悩み、

問題行動のリスクも高まる。

 

2.親としての温かみを保った過保護の場合、

1のケースと比べれば確率は減るが

自己肯定感や問題行動のリスクは残る。

 

また、

 

“ヘリコプターペアレント”に育てられた大学生は、鬱の割合が高い。

 

「過保護に育った子どもは、

喪失や失敗、さらに失望といった、

誰の人生でも避けられない状況に

対処する方法を全く学ぶことがない」

 

子どもが成長するきっかけや将来の成功の機会を奪っている。

 

そして・・・子どもは・・・

圧倒的に「決断する機会」も減る・・・

 

そして、幼少期に失敗を重ねなかったことから

 

“完璧な自分しか認められない、

自分を好きになれない、

などのネガティブな価値観形成や

精神的な不安定さを

引き起こす可能性も出てくる”

 

そして、ヘリコプターペアレントになりやすい人の特徴は・・・

 

1.完璧主義

2.気が利きすぎる

3.せっかち

 

共通して言えるのは・・・

子どもの失敗の機会を奪ってるということ

 

例えば・・・

 

幼稚園である子がハンカチを忘れていたので

「忘れ物をしないようにね」

と注意したら・・・

「だってママが入れてくれなかったんだもん」

と親のせいにした。そして家に帰って

「ママどうして?ハンカチ入れてくれなかったの?」

と親を責め、母親は

「ごめんね、ママがいれ忘れちゃって・・・」

と子どもに謝ったそう・・・

そして次回忘れたときに母親は慌てて

持ってきたそう

 

自分のモノを準備できない、忘れ物を他人のせいにして

自分のことを反省しない。

何かにつけて「親が何とかしてくれる」と思っちゃう

忘れ物にも注意することがない・・・

そして人に簡単なSOSすら出せなくなってしまうという

子どもの自主性や主体性を奪っている・・・

 

子育ては“手間暇かかる”“時間もかかる”

かわいいかわいいと“ヘリコプターペアレント”

を繰り返していたら。。。

 

成人して・・・以降・・・

体が大きくなって・・・

“手に負えない・・・困った子”

“いなくなればいい”“憎いと思える”

なんて・・・なっちゃうんですよ・・・

(しょうがい児・者の方々にも・・・

ホントあるあるです)

 

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さあーーー自分の子育て・・・は

どうでしょう・・・(どうだったでしょう・・・)

 

「障害」児の子育てで・・・

 

「虐められたら

可哀そうだから・・・」

 

「この子には・・・

まだまだできないから・・・」

 

そんなこと言ってませんか?

先回りたくさんしてませんか?

あなたは“挑戦”させてるでしょうか?

 

自分は・・・どうだろう??

周りにたくさん・・・聴いてみましょうね・・・

 

 

 

 

「障害」児・者と共に~暮らしやすーーーーくなるために~価値観1~

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価値観・・・の話で・・・最近ショックを受けてる方が

いらっしゃった・・・

 

「メンターの人の言う

      あの一言が・・・」

 

って感じだった。

 

「もう信じられない」

「あんなこと言うなんて・・・

          ショック」

 

みたいな・・・

 

とっても好きで・・・

多分・・・その方に心酔していたのかなーーー

きっと大好きで・・・

憧れであり・・・目標だったのかもしれない・・・

 

 

同じ講座受講してるから・・・

同じ話を私も聴いていたんだけど・・・

 

私は・・・

「あーーーこの方は

    こんな考えをおもちなんだ」

 

「そんな考え方の人も

        いるよな・・・」

 

 

って感じで聴いていました。

 

私の考えは・・・

別にその件に関しては考えはあるんだけど・・・

そのメンターの考え方を“否定”もしないし・・・

“肯定”なの?

と聴かれれば・・・

んーーーそんな考え方もあるし・・・

そんな人生の送り方もあるでしょう・・・

って感じ・・・

人の考え方に“それ絶対いい”とも“それ絶対ダメ”と言う

ことが・・・そもそもない・・・

(いやーーー法に反することはいけないけどね・・・

人を殺めるとか・・・)

 

“わーーー共感”とか“あーーわかる”

なんてことはあるけど・・・

 

人の考え方で・・・

“わーー”“えーーー”って思っても・・・

“あーーーこんな感じの方なのね・・・”

って感じになっちゃうだけかな・・・

そこから・・・自分がどういう付き合い方をするかは

考えていくけど・・・

 

人の【価値観】は否定しない・・・

 

人生は1回だし・・・

自分軸で生きていくことが一番幸せだと思うから・・・

 

その方は・・・

“生”のことだったので・・・

「神様に背く」「残念」って答えを出していたけど・・・

その“神様”の在り方も・・・きっと・・・

それぞれだと思う・・・

 

「障害」児の子育てだって・・・

同じ仲間だ・・・と思いながらも・・・

「価値観」は全然違う・・・

求めてることが違ったり・・・向かいたい場所が違ったり

それぞれのやり方が・・・ある・・・

でも・・・それはそれぞれの【価値観】だから・・・

だからって・・・

嫌いになったりも・・・軽蔑したりもしない・・・

 

でもね・・・根本は

 

“みんな幸せでいたい”

“自分の周りの人は幸せであってほしい”

 

そんな願いや思いってきっとあるから・・・

彼女は、きっと・・・

メンターの生き方や

“幸せ”の定義が共感できなかったのかなーーー???

 

私も「障害」児・者の関わっていて考えることは

やっぱり・・・どんな人もみーーーーんな

“幸せであってほしい”

 

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そこには

その人となりとか、親の在り方とか・・・

たとえどんな様々な問題や課題があろうとも・・・

ましてや・・・

【価値観】なんて

一緒に生きていく仲間の中では

全然・・・関係ないんですよね・・・

 

自分もはじめは・・・がんじがらめだった・・・

人の顔色見て考え方・・・思いに共感したり・・・

なるべくその他大勢がいる方に・・・

大量の人の中に紛れて・・・それなりが一番って思ってた。

(他人軸の中で生きてたからなーーー)

 

だけどねーーー

「障害」児と暮らすって・・・

そうは言ってはいられないんですよ・・・

【価値観】変容ーーーーみたいな・・・

 

みなさんは・・・

どんな【価値観】お持ちですかーーー????

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「障害」児と共に~暮らしやすーーーーくなるために~福祉と教育10~

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「障害」と「福祉」ももう10回・・・

書いても書いても・・・尽きることがないほど・・・

たくさんの方に関わってると・・・

嫌・・・自分の子どもやきょうだいのことだけでも・・・

様々なことが起こってるから書くこと・・・盛りだくさん・・・

人のエピソード見ながら・・・

あーーーって思い出したり・・・

子ども達の行動見ながら・・・行事があるたびに・・・

おーーーそういえば・・・

なんて思い出されるんですよね・・・

 

そうそう行事も・・・

運動会に修学旅行、自然教室、入学式、卒業式・・・

 

日常でも毎日・・・

参加できる?できない?やる?やらない?

なんて・・・なんか選択ばかり・・・

なぜか???

「障害」ってつく子には・・・

なんか・・・たくさんあるんです。

 

「これを一緒にするには・・・

どうすれば・・・??」

 

って発想にならないし・・・

時間がかかることや・・・得点に関わることなんて・・・

「除外」や「配慮」と呼ばれ・・・外されたり・・・

外した方がいいこと・・・

音が苦手、光に当たれない、接触過敏・・・

みたいなのは・・・外してというか・・・誰でも

「配慮」して・・・当たり前だと思うけど・・・

 

そして・・・

行事・・・があるとそのトキ・・・

先生方は言うんです

 

「大変なんです・・・」

「もーー毎回クタクタで・・・」

 

なんて・・・

(保護者は・・・毎日ですよ・・・)

 

全介助の子を見てると・・・

「もーーー腰がやられて・・・

他に手伝ってもらわないとできない」

 

自閉症のこといると・・・

「ここをかみつかれて・・・」

 

って・・・

それ言われて・・・保護者は・・・どんな気持ちで

学校へ送りだしたら・・・いいんだろう??

 

毎日・・・

「すみません。」

「迷惑かけます」

「お世話になります」

 

そう言っていかなくてはならないのか・・・

 

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私のところへ“相談”が舞い込むときには・・・

もう先生が病休になっちゃった・・・とか

病休一歩手前とか・・・退職を考えてるとか・・・

あーーーこのままでいけば訴訟です・・・

ほっとくと・・・きっと・・・マスコミ使いますねーー

なんて・・・ことになったからが・・・多い。

けど・・・

元をたどれば・・・ほんの些細なことですよ・・・

言葉かけ1つ、言い方1つだった・・・

 

宿泊行事1つとっても・・・

まあーーーやりすぎで・・・かえっていかん・・・

みたいなことや・・・

(好待遇宿泊場所で・・・それも別旅館、介護タクシー準備みたいな)

んーー何で・・・

この子達は別メニューの行動しかないんですか?的なことや・・・

修学旅行は“保護者同行が絶対”みたいな・・・

 

「保護者が介護や育児で

行けなかったら・・・

         どうするの?」

 

みたいなこと・・・

“そもそも”本人の視点と意見はどこにありますか?

ってコトばかりで・・・

中には・・・親が離れられず・・・の人もいるから・・・

それはそれで・・・“指導”お話・・・

誰のための行事ですか?なんのための行事ですか?

みたいな・・・

 

子どものうちから・・・それぞれがそれぞれの歩みを考え・・・

どう・・・動いていくか?

考えていかないといけないですよねーーー

“理解する(わかる)”“選ぶ”“考動する”“できる”

そんな経験をたくさんして・・・

“やったことない”“やらせたことない”なんて・・・

“それってできるの?”なんてこと・・・や

いつもやってあげる・・・先回りする・・・

いつも指示する。決めてあげる。

親が“よかれと思って・・・”は結構“よかれ”ではありません。

 

周りに話す人を見つけて・・・

見つからなかったら・・・いつでも・・・

お話聞きますよ・・・

そんなみんなが・・・うちには揃ってます・・・

 

みーーーんな・・・そんな

しくじった経験もたくさん持った・・・人ばかりだから・・・

私を含めてね・・・(笑)