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perfection of mind ~自心に究極の輝きを~

生まれ育った地域の中で、「障害」児・者が共に生き、学び、育ち、それぞれが尊重され、誰もが、幸せを感じイキイキ活動できる地域になることを目指し活動して行(生)きます。

無限で抽象的な不安はどこからやってくるの???

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絶望だって分かち合えば希望に変わる。

障害者当事者で

東京大学准教授の熊谷晉一郎さんは語る。

 

ウンウン・・・

今までも何度も書かれている記事を

読みながら<共感>する

ことが多くある。

 

障害や病気の当事者が、グループで経験を

分かち合いながら自身の困りごとを研究対象として

解きほぐしていく

「当事者研究」という営みにかかわる研究者でもある。

ご自身も脳性麻痺当事者である。

 

彼の語る中に、リハビリに明け暮れて幼少期、

 

「どうしてこのままの体ではいけないのか?」

 

物心つく前から毎日リハビリ6時間。

毎日リハビリに明け暮れた。

 

1977年生まれ。当時は

 

「健常者に近づくこと」

 

 

脳性麻痺の子ども達は健常者に近い体を獲得

することを目標に

とにかくリハビリがスタンダードな

時代。

 

70年代はリハビリをすると脳性麻痺は治る

と主張する論文が大量に出版。

 

80年代に入ると、それは誤りであったと社会的理念を

否定する論文が多く出版されるようになる。

 

いわゆる障害の「医療モデル」から「社会モデル」

への転換。

 

脳性麻痺で車いすに乗っている人が、近くに

エレベーターがないがゆえに自由に移動できない。

 

このときに「私の足が不自由だから」と考えるのが

「医療モデル」

 

「エレベーターを設置していない社会の側が障害を

もたらしている」

と考えるのが「社会モデル」

 

学術研究者や障害当事者による社会運動によって

「社会モデル」の考え方が主流になっていく過程を

少年期肌で感じ、自分と同じような脳性麻痺や様々な

障害のある“先輩”達が街に進出し、

声を発していく様子を見ていて

 

「自分も社会に飛び出していきたい」

 

と思ったという。

 

それまでは、

 

「健常者並みになったら社会に出られるようになる」

 

と信じ込まされ、健常者並みになれない障害者は

地域社会に出れないという時代。

 

「いやそうじゃない、自分たちはむき出しの体のまま

で社会にでていい、変わるのは社会の方なんだ」

 

先輩たちが道を切り開いてくれた。

 

「先輩たちと同じように自分もむき出しの体のまま

社会に出てみたい、そうするしか生きられない」

 

10代後半にはそんな気持ちになっていた。

 

大学での状況を機に親の大反対を押し切って

「1人暮らし」を始める。

1人暮らしを始めて何にも替えがたかったのが

初めて経験した「自由」の感覚。

 

監視している親の目がない。

 

親にとってはそれが愛情だったと思う。

幼いころから健常者と同じようになることを目標に

ちゃんと健常者っぽく動いているかなと

一挙手一投足を観察され続けていた。

 

それが無くなった。

他者からの指摘は入らない。

周囲から強いられていた「健常者像」

に引っ張られることなく

無理のないオリジナルな

かかわり方が誕生していった。

 

大変なことも多かったが、

1人暮らしを始めて起こった

パラダイムシフト(価値観の変容)もあった。

 

親と暮らしているときは

将来に対して不安しかなかった。

親が死んだら自分も野垂れ死ぬのだろう

という極めて

抽象的な無限の不安に囚われていた。

 

でもいざ、1人暮らしという環境に飛び込んでみると

 

「無限で抽象的な不安」

 

 

「有限で具体的な課題」

 

変わった。

 

解決すべき課題は

無限なんかじゃなく片手で収まるくらいだった。

課題は有言で1つ1つやっつけていけば

乗り越えていくことができる。

 

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彼の話は・・・まだ続きますが・・・

 

「とりあえず飛び込んでみる」

 

彼のこの言葉が・・・

私も実際やってきた全てだったと感じます。

 

彼は自分で考え実行することができた。

ただし、うちの子は「知的」に難しかったので

一緒に・・・みんなで考えてきた。

彼より一回り年下ですが・・・

 

私も先輩方の活動に

出会ったのは90年代でした。

(地方で差がある??(笑))

彼の言う「無限で抽象的な不安」

それにさいなまれていたとき

一歩も進むことができず、立ちすくんでいました。

なんとも言いようのない恐怖や不安と闘っていた。

 

けれど・・・何かのきっかけで動き出したとき

それは本当に「有限で具体的な課題」になっていった。

少なくはない課題も1つ1つ・・・

時間の差はあれど

それなりにクリアしてきて・・・

 

ただ必要だったのは・・・

「えいやーーーー」っていう

飛び込んでいく、やってみる・・・

それだけだった・・・

トライ&エラーの繰り返し・・・

難しくない。

難しくなったらみんなの力を借りる。

そう・・・答えはいつもシンプルだった。

 

今は少なくなったけど・・・それでも・・・

たまーーにやってくる・・・課題には同じ・・・

 

小さなころからやってきて・・・本当によかった

と感じています。

 

飛び込む勇気は一瞬。

そこからの世界の広がり方は大きい・・・

 

今。。。迷ってる方・・・

「無限で抽象的な不安」から脱出してみませんか??

 

ことは・・・「有限」で「具体的な

 

課題」

クリアだけです・・・よ

 

 

 

 

 

 

 

困った、困ってるが解決できる?

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小さな子どもの“困った行動”には理由がある

知っておきたい「3つの感覚」って書いてあった・・・

 

これって家でできるし・・・

小さなお子さんをお持ちの方で気になるなら・・・

やった方がいいんじゃあない??

って思う記事があった。

 

私もこうやって・・・子どもが小さなとき・・・

まだまだネット社会ではなかったから・・・

本を読みあさったりしながら・・・

情報を収集して・・・

様々な“お試し”を自分の子どもにやってきたから・・・

やってみながら・・・

選択していくしかない・・・

全てはトライ&エラーを繰り返しながら・・・

その子その子で・・・

やり方は100人いたら100通りだから・・・

 

その中に書かれていたのは・・・

脳の発達の問題が潜んでいることがある

と書かれていて

脳内の3つの感覚分野の発達を促す簡単な遊びを

日常に取り入れることを提案していた。

 

んーーーーこれなら家庭でできるし・・・

遊び感覚で楽しくやらないと・・・

肩ひじ張って・・眉間にしわ寄せて・・・

さあやるぞ!!って・・・

力がはいれば入るほど・・・

続けていく・・・“継続”ってきつくなっちゃうから・・・

 

これはいいかも・・・

って思いながら読み進めると・・・

 

感覚

「視覚」「聴覚」「臭覚」「味覚」「触覚」の5感。

 

総合的な運動や行動に重要な役割を果たすのが

自覚しにくい

 

「バランス感覚(前庭覚)」

「筋肉や関節の運動に関する感覚(固有覚)」

「触覚」

 

の3つ

 

じっとしていられない、イスをがたがた揺らす

そんな落ち着きのない行動は

「バランス感覚」「筋肉や関節の運動に関する感覚」

の発達が足りてない。

からだにより強い刺激で

「心地よい」と感じてる可能性がある。

よって・・・

 

「トランポリン、ブランコなど

大きな揺れがある遊びがおすすめ」

 

家では食卓のイスをバランスボールに変える。

回転いすにする。

布団の上をゴロゴロ回転、

毛布に子どもを乗せ引っ張るなどがおススメ。

 

洋服や特定の肌さわりのモノに執着する。

 

「こうした子は「触覚」の発達が足りてないか、

触覚過敏と考えられる」

 

これには・・・

 

心地良いと感じる程度のブラシ、

スポンジで手足の皮膚をなでる。

砂場遊び、水遊び、小麦粉や粘土やスライムなどの

触感を感じる遊びを取り入れるとよい。

 

友達を叩く、押す、ってことをやる子においては

力の加減がうまくつかめていない可能性がある。

相撲ごっこや木登り、

走ったり止まったりを繰り返す

「だるまさんがころんだ」

ツイスターなどの

筋肉や関節の感覚を十分に使う遊びが有効。

 

爪や鉛筆、洋服などを噛んでしまうこの場合

口の中の感覚の発達が不足し

刺激を得ようとしていることが

考えられるので・・・

シリコン製の「チューイ・チューブ」といったグッズ

などを用意、まずは好きなだけ噛めるようにする。

こうやって・・遊びながら

 

「固有覚」「前庭覚」「触覚」

 

をつなげる。

 

「感覚統合」の理論ベースらしい・・・

 

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発達しょうがいでは・・・よく聞く「感覚統合」

 

でも言葉を聴いて、理論は理解しても

なかなか・・・わかりやすく・・・

誰でもできるような解説はなかなか・・・ない・・・

・・・で・・・わからないから・・・

どこかに頼っちゃったりで・・・

それが・・・

たまーーーーにしか実践されないから

なかなか前に進まない感ばかりが・・・

ムクムクと・・・ってなりやすい・・・

・・・し・・・家庭では周りが・・・

いつもイライラ・・・カリカリしてしまう・・・

 

そんなことってありませんか???

 

でも・・・これって・・・楽しみながら・・・

出来そう・・・じゃあないですか??

 

「ダメ」「×」「それは禁止」「またーーー」

「何度言ったらわかるの!!」

 

こんなこと・・・毎日叱られながら

言われ続けたら・・・

自信なくしちゃいますよね・・・

言ってる自分も・・・きっと・・・

好きになれなくなっちゃう・・

お互い自尊感情・・・ズタズタ・・・

みたいな・・・

 

幼い。。んーーーなんか心配??

って感じがするお子様をお持ちのみなさま・・・

ぜひ・・・お試しあれーーーー

なんでも「理論吸収」ばかりではなく

やってみることですよーーー

 

 

 

 

 

『障害』児の親にできること

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永年「障害」児・者に関わっていること・・・

30年になるんだなーーー(しみじみ(笑))

 

 

それは自分の最初の子どもが

産まれてすぐから「障害」児となったその日から

 

はじまった?

 

いやーーー最初はなかなか

“関わり”って・・・

自分は他人事でいたかったーーーーー

けど・・・そうは言ってはいられなくて・・・

って感じで始まったのかもしれない・・・

 

「私・・・できるの???」

 

「でも・・・できないなんて言っていられない」

 

そう思いながら・・・なんだかんだ

やって来たなーーー

って思うんです・・・

 

それから30年・・・

イロイロな経験を重ねながら・・・

私も相談に様々な方にずーーーーっと

乗ってもらう日々も重ねながら・・・

様々なたくさんの相談に

んーーー考えてみたら

10000件くらい受けてるかなーーー

って思う。

自分が少しまともに経験上から

話せるようになって・・・

それから・・・

実体験として・・・学校現場に入ったり、

福祉の勉強したり・・・

養護助教諭、ヘルパー、事業所勤務、

相談支援業務と現場を知ることやりまくった・・・

現状を知りたくて・・・

ココも合計20年以上したかな??

そして・・・福祉大学に3年から編入して

50代にして福祉の勉強も再度やったりもした。

 

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親の自分ができることって・・・

「ピアカウンセラー」みたいなこと・・・

これは同じ境遇の人同士が、

自分の辛さや思考を分かち合ったりしながら

自分の立場を徐々に受容していく・・・

ってコト・・・これって

子どもが小さなころには・・・私自身も

ホントに欲しいことだった・・・

けど・・・なかなか見つけられずに

結局、私は、そこは・・・

同じ「障害」児の境遇の方というより・・・

 

まずは・・・近所の方々だったなーーって思う。

 

でも・・・辛いときってそんなことって

必要ですよね・・・

 

そのために・・・先輩方は私達に

この今のǸPOをつくってくださってました。

 

ココでの、たわいもない話や

笑顔で迎えてくれることに

励まされ、癒され、開放され、

救われてきました。

ペアレントメンターと言うことを

制度化している地域もあるようですが・・・

 

本会には・・・

それぞれの「障害」のエキスパートペアレントが

揃ってますよ・・・

メンターかどうかは・・・

その方の判断によりますが・・・(笑)

 

それぞれの中学校区ごとに、

ご紹介できるような方々を繋ぐことも

できます。

近くに・・・そんな仲間がいるって・・・

とっても・・・

安心材料、心強いことだと思いませんか??

そんな・・・自分が欲しかったことを・・・

やったり・・・

 

あとは・・・

 

「障害」児・者さんご本人や

きょうだい、家庭のコト・・・

具体的な考え方、手立て、

ホントの「障害」ってなんだろう?

特性を知って、どんな手立てが一番合ってるか?

そんなことを一緒に考えていく・・・

本人が困らないようにすること・・・

ここにシフトすること・・・

ココは・・・親ではなく『本人』です。

きょうだい児を含めて・・・

 

2つのやることは・・・別々・・・

親と子どもは別々・・・

一緒に・・・を

混同しないようにしていかなくてはいけません。

 

向き合うことが違ってきます・・・

そんなこともちょっと気をつけています。

 

みなさんは・・・

ピアカウンセラーやペアレントメンター

それと・・・

子どもにとって必要なことを

話して教えてくれる身近なとこ

 

それぞれに持ってますか??

これって・・・

大人になっても・・・

案外、必要だったり・・・してますよ・・・

 

今日もゲラゲラ笑いながらお茶し・・・

子ども達のコト・・・

雑談したりして・・・

泣いてた、苦しんでた

それぞれの方たちがこうやって・・・

今笑ってる!!

 

私はそこにいつも

“幸せ”を感じさせてもらっています。

 

 

 

 

みんなで「カラフル」に~木村泰子先生の記事より~

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みんなの学校の木村泰子元校長が

雑誌のインタビュー記事に答えていた。

 

発達しょうがいの子達のことを

「グレー」と呼ぶこと

 

私もその言葉には・・・

ずっと違和感があった。

どっちが「ホワイト」で

どっちが「ブラック」なの??

 

その間の「グレー」

 

そして・・・時には

 

「限りなく・・・黒に近いグレー」

 

なんて表現することもあります。

 

何なんだそれは・・・何を表現したいの??

って違和感を木村先生は

 

「一つの人権侵害」

 

と書かれていました。

 

ウンウン・・・なんか

すかーーーっとしました。

 

先生は・・・子ども達の

「ふつう」を色にたとえるとしたら

「カラフル」で100人いたら100色の色を

もっている

と書かれていました。

 

大人たちが「あの子はグレーよね」

と思うこと自体が、それを見ている子ども達を

残念な状況にしてしまっているのではないかと思う。

小学校の教育現場は保育園や幼稚園の子ども同士の

関係性がリアルに現れる。

幼稚園や保育園で

 

「◎ちゃんは他の子と違う」

 

という意識をもってしまうと、

それは小学校に上がっても続きます。

(そりゃあそうだなーーー)

 

よく幼稚園や保育園で問題児と

言うことを通訳してみると

 

『保育士や先生を困らせる子ども』

 

です。

 

でもこれは・・・大人が主語。

 

子どもを主語に変えたら

子どもは困っているんです。

困っている子どもたちのことを

大人たちは問題児という。

 

何もないのに暴力をふるう、

暴言を吐くということはなくて

何らかの原因があるのではないでしょうか?

先生の言うことを聞かない子を

発達しょうがいとレッテルを貼って

排除していく、

 

そうすると『ふつう』の子が

残ると思っていませんか?

 

でも、その子を排除しても・・・

また次の子が・・・

悪循環です・・・

と書かれていた・・・

 

そうそう最近出た学習会で

10人いたら

素直に動く人3人、前向きだけど動かない人4人、

後ろ向きでマイナス傾向3人

3:4:3の法則というのを聞いたばかりで・・・

 

この法則は・・・往々に変わらないのだそうです。

 

働きアリの中で働きの悪いアリを排除しても・・・

じきに、また・・・働かないアリは必ず出てくる

・・・と

 

考えてみたら・・・

自分の周りも・・・よくよく見たら

そんなもんじゃあないですか??

 

木村先生はこう続けていました。

 

自分のやっている保育(ここは教育でもはまるかな?)

にその子が、はまらないだけなんです。

自分のやっている保育を問い直せばいいんですよ。

 

「目の前の子ども達が20年先の社会で、

すべての多様な人達と生きていくための

素地をつくっているか?」

 

発達しょうがいやグレーと

言われている子ども達がいることで

周りの子どもたちは得してるんですよ。

 

「この子がどうしたら一緒に

安心して過ごしていけるんやろか?」

 

って考えていける機会があるんですから・・・

 

(略)

 

周りを育てれば、

周りの子は、その子と出会ったことですごく

得するじゃあないですか。

 

これが自尊感情を高めることと、

他者を大事にするということを

育てていく。

 

保育の現場の当たり前を問い直さなくてはいけません。

椅子に座って話を聴く子どもをつくっておくりこむ

それを当たり前やと思ったらもったいない。

 

「子どもが安心できる場所」

 

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そこを実現していった実績のある

木村先生の言葉は・・・

 

私たちが、子どもが就学時に目指して

いたときと一緒・・・

やって来た活動そのものです・・・

 

そして・・・

 

そのころの子どもたちは・・・

地域の中で

イキイキと生活しています。

 

子どもの頃・・・様々なことがあったけど・・・

そこをみんなで考えて、乗り超えて・・・

また問題が出てきて・・・

また解決をみんなで考える・・・

そんな連続の毎日でした・・・

 

だけど・・・その先には・・・

たくさんの【宝】があり・・・

それは今も輝き続け

今・・・イキイキ生活できる・・・

そんな日常が今・・・ある。

 

今・・・ホントに彼女の毎日が

「カラフル」だなーーー

って思ってます。

 

これからに続く子ども達の未来も

「カラフル」であってほしい

そう願いながら・・・

 

今日も・・・

私たちは活動していますよ・・・

 

 

 

 

全員で・・・みんなで・・・って怖いことでもある?

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学校生活をなんの疑いもなく受けてきたけど・・・

今になって見れば・・・

窮屈な中、枠の中で無難に生きてきたなーーー

って思う。

 

いつも

 

「みんなでーーー」

「全員で・・・」

 

って・・・掛け声に・・・

何となくまとまってる感が

あったけど・・・

 

人それぞれ・・・

得意なこと苦手なことは違う・・・

好きなもの、嫌いなものも違う。

 

だけど・・・

 

 

そこを考えて・・・

「みんなで・・・」とか「全員で・・・」

 

とか言っていたかなーーーと今更ながら疑問だ。

 

絶対にやらなければいけないことなんて・・・

きっとない。

 

それぞれの個人が本人が自分で決めればいい。

 

ううん・・・そうでなければ・・・

 

いつまでも指示待ちしちゃうんじゃあないの??

って心配になる。

 

それを・・・

許容しない人間関係は・・・きっと

息苦しくて辛い。

 

でも・・・

実際は、学校ってそんな風になってないかな??

 

私は小学校のトキ給食が嫌いだった。

食細くもあって・・・量が食べれなかった。

だから・・・いつも最後まで・・・

呑み込めずに・・・

掃除時間が終わるまで・・・

食べれない子達は

何人かずーーーと座らされて

食べ続けさせられてた。

だから・・・なおさら・・・

給食の時間が苦痛だったし・・・

毎日、憂鬱だった。

 

こっそり、食べれないパンを机に隠して・・・

すぐに処理するとバレルからって・・・

机の中でカビが生えて・・・

こっそり捨てることもあった。

 

今では・・・そんなことはないかもだけど・・・

 

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「今月の目標残食0」

 

なんて・・・掲げて調査してるのを見ると・・・

 

「それって・・・

誰かが残した時に、その人を責めることに

ならないかな??」

 

・・・はい、それは大丈夫!!

その人達には少なめに・・・

食べれる人がフォローします。

 

はいはい・・・責めない大丈夫です!!

 

「でも誰かのせいで・・・

毎回達成できなかったら・・・

その人を責めることになりませんか??」

 

・・・はい、なりません。

そんなことは・・・みんなしません。

 

「じゃあ、その人がみんなの「あーーあーーー」

感じて自分のせいだって

気持ちが沈んだりしないかな・・・」

 

そうかーーーそんなこともあるかも

でも、みんなで励まし合って

応援し合う雰囲気をつくったら

大丈夫!!今までもそうだったし・・・

これからもそれは一緒

 

そう・・・そんなクラスって素敵だね・・・

 

でもね・・・やることって・・・

他にもたくさん・・・

行事前にも・・・

日常では掃除時間なんかも

きまりがあったりして

日々なかなか・・・大変ですよね・・・

 

そうすると・・・人は疲弊して・・・

時には

 

「あーーーまたーーー」

 

「いいかげん、ちゃんとやってよーーー」

 

なんて・・・なりがちじゃあないですか??

 

 

昔のことわざで

 

「馬を水飲み場まで連れていくことはできても

水を飲ませることはできない」

 

ってあります。

 

馬を水飲み場へ連れていく・・・

それは・・・きっとみなさんの応援であったり

工夫であったり・・・

そんな周りのおぜん立てです・・・

これって様々な場面で・・・ありますよね

 

きっと・・・「障害」児・者や不登校や・・・

いろんなことが私には、思い起こされます・・・

 

だけど・・・

連れていっても無反応だったり・・・

嫌がったら・・・

 

ムリに顔を水にこすりつけますか?

頭から水をかけるでしょうか?

 

いやーーーそれはない!!

飲むまで待てばいいでしょ!!

ってきっと・・・

みんな言うでしょう・・・

 

 

だけどねーーーこれ結構やってるよ・・・

 

「みんなで」「全員で」

の言葉の中で・・・

 

だからねーーー

トキドキ思い返さないといけないと思う・・・

 

あーーー今の私は・・・

大人の私は・・・

どんな水飲み場をつくろうとしているかなーーー

って・・・

 

そして・・・

 

それを無理強いしていないかなーーーって・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「障害」児の子育て~根気勝負~

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「障害」児者の問題で

よく、最近人の話を聴きながら・・・

問題の対処の仕方が・・・

大人だって、しくじりがあるってことを

それぞれが・・・ホントに理解してるのかなーーー

って思うことがある・・・

大人だから・・・先生だから・・・

できて当たり前・・・

いやいや「違う」

誰でも・・・昨日できていたことだって・・・

今日はしくじることもある・・・ってコト・・・

 

「○○さんが・・・こうだったから・・・うちの子が・・・」

「あの人がいつも通りしなかったから・・・」

「いつも通りに流さなかったから・・・」

 

はい。はい。

それが日常ですよ・・・生活の中の当たり前です。

毎日同じように流れるときばかりではないし

日常にはハプニングがつきもの・・・

だから・・・

リスクマネジメント・・・

「障害」児・者には特に念入りに・・・

何パターンも考えておくべきですよね・・・

人、もの、場所・・・すべてを総動員して・・・

考えとく・・・

本人がきちんとその物事を納得できるように

“何かでごまかす”“なだめる”

ってのは・・・長い目で見たら・・・

逆効果だと思います。

 

良く聴くのは

 

「あの人が○○をしたから・・・

これから当分機嫌が悪いはず・・・」

 

これって・・・そのままにするんですかね・・・

機嫌が悪いのを収まるまで待つ???

んーーーこれって

ずーーーっとみんなが気持ちよくない!!

特に本人はながーーーい間

いやーーーーな気分を引きずるだけでなく・・・

周りからも・・・あーーーまたでたよーーー

ほっとこーーーになっちゃいますよ・・・

そして・・・

人が自然に離れていっちゃうことになるかも・・・

これって・・・本人にとって「最善」じゃあないから・・・

避けたいことですよね・・・

 

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うちの会でも・・・順番待ちで

自分がトイレで外した間に順番が抜かされて

納得できなかったり

宿題を学校に忘れてきてパニックになったり

さまざま・・・起こります・・・

 

でも終わったことは終わったこと・・・

ないものはないんですよ・・・

 

終わったことは・・・

「じゃあ次に入れてもらう?」

「じゃあ今回はやめる?」

くらいの2択がえらびやすいかもですね・・・

 

ないものは・・・

「友達に宿題を送ってもらう(Faxや添付メール)」

「今日は、やらない」

ってコトが考えられるでしょうか?

でも・・・上記で気をつけるべきは・・・

親が介入して解決すると・・・

「ないもの」が「あるもの」になってしまったら

それが何かあったときには

「誰かが何とかしてくれる」

「しなかった人のせい・・・」

になってしまいますよね・・・

 

「忘れたんだから・・・今日はなし」

の方がしっくりいくでしょうか?

次回からは「忘れない」になるかな・・・

とも思います。

 

この時にパニックや自傷や癇癪があると・・・

それを収めようと

ないものをあるモノにしてしまいがちになります。

でも・・・本人の今後のことを考えると

ここで根負けしては・・・いられませんよ・・・

「ないものはない!!」

「じゃあどうしていこうか??」

って一緒に考えていくことですよね・・・

 

親も子どものためには・・・

根負けしないように・・・一緒に学んでいきましょう・・・

 

疲れたら・・・相談!!相談!!ですよ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

普通学級6%「合理的配慮」って知ってますか?

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私達の会は、年に1回

市の教育委員会との話し合いをしています。

毎回市内の各学校の保護者に

学校を通じて案内が行き

各学校ごとに来年度の要望をまとめて

話し合いをする。

大体、毎年11月くらいですかねーーー

教育委員会側もだいたい7人くらい

私たち側は大体20~30人くらいでしょうか??

それぞれの学校から

それぞれ意見や要望をもって集まってきます。

その中には・・・本当に

 

「すぐやらなきゃいけないこと」

 

「緊急性があること」

 

 

もあれば・・・

 

「んーーーこれは担当課が違う」

 

「それは学校で管理職がやること」

 

と思うこともあり

 

なかには

 

「ん???それって個人的なこと?」

 

「ん?それって

コミュニケーション先生とちゃんとやってる?」

 

って思うこともある。

 

そう普通急に6%ほどいるといわれる

発達しょうがいの子ども達・・・

今、その子達が日々学校できつい思いをしている・・・

っていうのは・・・

この話し合いの中でも良く聴く話。

 

個人的にも

 

「学校に行きたがらなくなってきた・・・」

 

「学校から帰ってきたら、機嫌が悪く荒れる」

 

「学校から帰ってくると疲れていてふさぎ込んでいる」

 

そんなことも聴いてきました。

 

そもそも・・・

6パーセント普通級にいるといわれる

発達しょうがいの子ども達の

配慮をしようということになり

「特別支援教育」だと叫ばれはじめ、

その配慮を

「合理的配慮」

と呼び、

これらが必要な子ども達には

 

「やりますよ」

 

ということを文科省が宣言しました。

 

これは・・・

決して特別支援学級に入らなきゃ受けられない

とかって

そんなことではないんですよ・・・

どの学級にいても受けることができる。

むしろ・・・受けられなきゃおかしいんです。

 

だからといって、

全員が全員、その問題で悩んでいる困っている・・・

というわけでもなくて

ちゃーーーんと配慮をしてもらって

スムーズというか

みんなで理解し合おうとして学級で

頑張っている例も少なくありません。

 

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娘が(現在20歳)中学校に行っているとき、

ĀDHDの同級生がクラスにいました。

クラスの中で自分自身で急に授業中に立ち上がって

「自分はĀDHDです」

といったそうです。

クラスはキョトーーーンだったようですが

 

「今、それを言わなければいけなかったの??

みんなにそれを言ってよかったの??」

 

って先生が言われて・・・

 

「いいんです。

ドクターは言っても言わなくてもいいって

言ったけど・・・言いたかったんです」

 

とその子は言ったそうです。

 

娘が帰ってきてからそのことを矢継ぎ早に話しました。

 

「ĀDHDった何??」って説明から

 

「これを聴いてみんななんて言ってた??

あなたはどう思った??」

 

って聞いたら・・・

 

「うん・・・そうなんだ・・・

そんなとこもあるなーーー

って今・・・思ったけど・・・

 

そんなこと言わなくても◎◎は◎◎やん。

 

そんなちょっと変わった奴やん。

 

だから・・・今までと、なんも変わらん。

 

それは、みんなも一緒だと言ってたよ・・・」

 

って・・・言ってました。

 

それから参観に行ったときに全体を見回すと

あーーーあの子かなーーー

って思う子がいた。

んーーー行動がマイペース・・・

誰が見てても塾の宿題らしきものをしていたり・・・

時には寝てる・・・

(薬の影響も・・・あるんだろうなーーー

飲んでるって聞いたから)

 

これは・・・本人が・・・

自ら自己開示し「合理的配慮」を

するべきだ・・・とは言わないけど・・・

感じさせる自己宣言。

 

だけど・・・ほとんどの『悩み』の中にいる方は

ココのところをよーーーく学校と理詰めで

話し合われてないのではないでしょうか??

 

義務教育の期間はあっという間・・・

地域の友達とお互いに学び合う時間も有限です。

せっかくの学校生活を

子どもの権利を台無しにしないように

しっかり考えていきたいですよね・・・

 

やり方がわからないときは・・・

周りに相談する人、教育委員会、福祉課、相談支援員、

親の会、先輩・・・たくさんいると思いますよ・・・

 

ひとりで・・・できないときには・・・

周りと一緒に・・・

みんなでやっていきましょう・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

藁をもすがる思いのその先に・・・

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さまざまな方のお話を聴いていると

時々内容によっては・・・

ふーーーっと昔のことを想いだしたり・・・

することもある。(よくある(笑))

 

そうそう・・・

さまざまなお話を聴きながら

宗教や進行にすがった人・・・もいれば

日本では合わないと海外に出ていったり・・・

したかたもいた・・・

 

それは・・・ご家族で決めることだから・・・

全然否定もしないし・・・

ご自身方が子どもの最善を考えて

することなら・・・

それは・・・どんなことでもいい・・・

 

 

だけど・・・そういえば・・・

むかーーーし・・・ニュースなんかで

極端な例があったりもしたよなーーー

 

最近は・・・そこまでは聞かなくなったけど・・・

祈祷師さんだったり、占いだったり

確かその方たちの言うことを聴いて

病気が悪化して亡くなった・・・

なんてこともあったよなーーーー

 

辛い治療を受ける

子どもの言うことに親が説明ができなくて・・・

きっと・・・藁をもすがる思いで・・・

そういう方たちに相談に行った。

のが・・・きっかけだったと記憶してる・・・

 

ここで・・・親は・・・

そのトキの『選択肢』を間違えた。

その職業の方たちが『悪い』というのではなく・・・

そこで今の『選択肢』を悲しいかな・・・

はき違えてしまった。

 

良く聴く話で・・・

「自動車の運転の仕方を習いたい」

そう思ったときに・・・その方法は・・・

 

「自動車学校があるよ」

「教習所があるよ」

 

ってコトではなく・・・

 

全然その知識がない人から

 

「車買って路上で練習したら・・・」

 

って言われることを

なんの疑いもなく

 

「あ・・・そうか・・・」

 

って聞いてしまうくらい危険なことだ・・・

って思う。

 

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でもねーーーー

 

「藁をもすがる思い」

 

これって「障害」「難病」の子どもや

家族を持ってる方って・・・

誰しも経験があるんじゃあないかなーーー

って思う。

 

私も・・・

 

療育、病院、セミナー、著書、専門家・・・

手当たり次第になんでもやってみていた・・・

ウソかホントか?分からないけど

何でもやってみる・・・っていうか

やらずにいられないんだよね・・・

 

でも・・・これってね・・・

ときがたてばわかるんだけど

「障害」否定が自分の根底にあることが多い。

 

我が子のことを想っているようで・・・

実は・・・

 

「子どものことを考えてる」

 

って思いこんでいるけど

結局「何かしてる自分」でないと・・・

世間から何と思われるか?とか

「普通」に近づけるんだ・・・って

社会の常識にとらわれてる

強迫観念に似たものだったり・・・

 

それは・・・

親の自己満足の行動だったと・・・

今になればわかります。

 

でも・・・これって

誰もが通る道だとも思う。

(んーーーできた人もいるかも・・)

 

だけど・・・世の中には

こんな親心を利用する人もいるってコト・・・

親の心理を上手に利用する・・・

自分が様々なことをやってきて

ふーーーーっと

子どものことをしっかり見れるようになった時

何だか胡散臭いことは

判断できるようにはなるんだけど・・・

 

だけど・・・

 

社会の常識、普通の概念から

ずーーーーっと

「できること」探しをし続けるアドバイスや

ずーーーっと

どんどんたくさんの薬・・・

 

sekainoowariの銀河街の悪夢って

聴いたことありますか???

本人がどう思ってるのか???

どんなに辛いことなのか?

よくわかります。

 

本当に「障害」児・者本人のことを

しっかり見てますか?

逃げて見ないようにしていませんか?

見たくないから他に目をそらしてはいませんか?

聴く人を間違っていませんか?

 

そう自分の価値観を疑いながら・・・

 

専門家の言葉、支援側の意見を聴いているでしょうか??

 

私たちは・・・

一体だれを見て・・・誰のために

何をしているのか??

 

しっかり考えていかなくては・・・

 

ホントに困ってる人のホントの

神髄を見逃さないように・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「障害」児ときょうだい児

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子ども達が成長し、大人になってくると・・・

子どものときの様に

イロイロ話す時間は減ってくる・・・

・・・というか・・・

そもそも一緒に過ごす時間が

減ってくる・・・

・・・がしかし・・・

うちは割といろんな話をしてきた方かな・・・

とも思うし・・・現在も案外話す。

大人になったら・・・なかなか本音を正直に

ぶつけてこなかったりしてねーーーー

何だか奥歯にものが挟まったような言い方を

したり・・・・

(それも・・・成長なんですね・・・)

私には言いにくいことを・・・

私の知り合いや友達に相談してて

その内容を聴くこともあり・・・

それぞれに使い分けていると感じたりして・・・

自分の友達以外の大人に

意見や考えを聴くことができるって・・・

幸せな環境にいるなーーーって思う。

 

特に・・・「障害」児のきょうだいって・・・

きょうだい児の会なんてあるほど・・・

なかなか・・・

それぞれに深い思いや悩みを抱えていることも

多いらしく・・・

親に本音で話せなかったリ・・・

イヤだという思いを抱えたまま生活していたり・・・

遠慮の塊だったり・・・(甘えたいのに甘えられない)

友達関係や彼氏、彼女との関係・・・

さまざまな思いが巡って一いるらしい・・・

(大人は・・・気づけていないことも多いよなーーー)

 

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うちは・・・

そういう会にお世話になったことはないのだけど

参加しているきょうだい児もいて・・・

よく・・・

 

「思いがけないことを支援者の方から聞いて・・・」

 

「そんな風に思ってたんだ・・・と気づいた」

 

「そんな先の心配してたんだってわかった・・・」

 

と聴いていたこともあった。

 

成人してそのような活動を考えて行動している

「障害」児のきょうだい児も全国には・・・

たくさんいる・・・

 

そういうことをやってみたい!!

やろうと思う気持ちは

それぞれ、自分が抱えてきていた思いと

リンクすることがあるんだろうなーーー

ホントにこれで

救われる子達もたくさんいるんだろうなーーー

と嬉しく、頼もしく思う。

 

うちも何回かそういうところがある話をしたり・・・

行ってみる・・・??

って誘ってみたりしてみたけど・・・

 

「別にわざわざ言って話すことない」

「何でわざわざ・・・集まらなきゃいけないの・・・」

 

って反応だったので・・・利用することはなかった。

 

だからといって・・・

何もなかった訳ではないんだけど・・・

 

すぐ下は3歳違いだったので・・・

小学校が被っていたので

それなりにいろいろ言われたりしたと思う。

 

あるときは・・・昼休みに高学年の子から

 

「お前の姉ちゃん勉強わからんで・・・(略)」

「おもらししたり・・・(略)」

 

とか言われたりしたとかで・・・

(小学校の先生から連絡があり・・・

本人は私には言わずで・・・知らず・・・)

 

「先生から連絡あったんだけど・・・

そんなことあったん??」

 

と聞くと

 

「あった」

 

「で??どうしたん??どんな気持ちがしたん?」

 

って言ったら・・・

 

「ん??だけん・・・なん??

って言ったらおらんくなった」

 

「大丈夫??我慢してない??」

 

と聞いたら・・・

 

「だって・・・ほんとのことやん。

でもそんなんどうでもいいやん。」

(まーーー確かに本当のことだ・・・)

 

私は、すごいなーーーと思った。

5年生くらいだったから・・・

たぶん姉は小学校にはもう・・・

いなかったんだけど・・・

 

私だったら・・・どうだったろう??

 

「だから何??」

 

って言えたかな・・・

 

「ほんとのことやん」

 

って受け流せたかな・・・

 

哀しくて泣いちゃったかも・・・

帰ってすぐに親に言ったかな・・・

 

「お姉ちゃんのことで嫌なことがあったり。

困ったことがあったら

いつでも言ってね・・・

一緒に考えていくからね・・・」

 

小さなころからそういってきて・・・

ある程度の年齢までは

いろいろ言ってきていたけど・・・

 

その度解決してきて・・・

 

ある意味・・・その年齢で

自分の中で「消化する」力が

ついてきたのかもしれない・・・な。。。

とも思った。

出来事だった・・・なーーーー。

 

みなさんは・・・きょうだい児に

どんな風に「障害」児のことを話してますか??

それってどんな感じで受け止めていますか??

機会があったら・・・

ぜひ聞かせてくださいね・・・