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perfection of mind ~自心に究極の輝きを~

生まれ育った地域の中で、「障害」児・者が共に生き、学び、育ち、それぞれが尊重され、誰もが、幸せを感じイキイキ活動できる地域になることを目指し活動して行(生)きます。

ADHD~ある女性の記事から~3

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東田直樹さんが

『僕が飛び跳ねる理由』って本を読んで・・・

自閉症の子供たちの気持ちが・・・

またよくわかったけど・・・

この彼女の表現を読んでいると・・・

またある事例のADHDのことがわかって・・・

ホントにありがたい・・・

 

「あと、身近にいる発達障害の人が些細な嘘をついてしまい、

人間関係がこじれて会社を首になってしまったことがあるのですが、

私は彼の気持ちが分かるんです。

『このミスをしたのは君だよね?』

と聞かれて、咄嗟に『自分ではないです』

と答えて、結果的に嘘をついてしまったんです。

でも、彼は恐らく自分がミスしたことは分かっていて、

瞬時に『自分ではない』と自分の『こうであったらいいな』という

『希望』を答えてしまっただけだと思います。

『希望』という思考が口からダダ洩れてしまった」


話を盛るタイプ、その都度、言っていることが変わるタイプの人は、

サービス精神プラス

 

「こういう理由だったらかっこいいな」「こうだったら面白いな」

 

と思いついたことを瞬時に口に出してしまうだけ

。思考が口からダダ漏れしてしまってるだけだと彼女は推測する。

この感覚を彼女から言語化されて、初めて理解ができた。

知人男性も話を盛るタイプなのだが、

そこに人を騙そうという悪意や傷つけようという意地の悪さは感じないのだ。「思考のダダ漏れ」「サービス精神」な

のだと思うと納得がいく。

 

「だって、その嘘をついたことで得するどころか損をするじゃないですか。

信用を失うのだから。

発達障害者のつく嘘って人をだまそうとしてるのではなく、

単に頭の中で考えていることを口に出してしまっているだけだと思う」

 

と彼女は笑った。確かにそうなのだ。

一般的に人が嘘をつくときは、

自分の不利な状況を有利にしたいときではないだろうか。

発達障害者の人の嘘は、自分にとって一つも得にならない上に

、すぐにバレてしまうよう短絡的な内容だということがままある。

 

【1回1回が初対面】


元々、人に対する執着が薄い彼女には、友人と言える人はいない。

だけど、彼女は全く孤独に見えない。

人は人とコミュニケーションを取って生きていきたいのではないか。

人間関係は人生を豊かにするものではないのか。


「私は会社の上司などは、序列がはっきりしているし、

『この立場の人にはここまでしか言ってはいけない』

というのが分かりやすいので付き合いやすいです。

それでも言っていいこと悪いことを理解できるまでに4年かかっています。

最近、やっと、人は何を言ったら怒るのか、

どんな対応をしたら怒らないのかが分かってきたところです」


会社の人間関係とは違い、友人関係には

「目に見えない序列(カースト)」があり、

メリットでつながっている関係ではない。

抽象的な概念を理解するのが苦手という特性を持つ発達障害者にとって、

友人関係というものは分かりにくいものなのだろう。

 

「中学校の友人だったら中学校を卒業したら関係は終わりです。

継続して続いている友達はいません。

友達というものがよく分からない」


その場の衝動で刹那的に生きている彼女は、

人の名前や顔もすぐに忘れてしまう。


「相手との思い出が蓄積していくわけでもありません。

頭の中は常に高速回転で他のことを考えています。

相手の名前や顔を、完全に忘れてしまうのではなく、

思い出すのに1日くらい時間が必要なだけなのですが」


それくらい頭の中の情報が整理されていない。

相手の名前をゴチャゴチャな頭の中から検索しているような感覚に近い。

クルクル変わる彼女の表情からは、目まぐるしく思考を頭で

巡らせている様子がうかがえる。


「なので、関係は一回一回が初対面のような感じです。

そのうちに思い出すのも面倒くさくなってしまう。

40歳になった今でも友達というものがよく分かりません」

 

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人というのは、その相手を誰だと認識して、

その特定の相手とのエピソードや思い出の蓄積により

愛着も情も沸くものではないか。

彼女が言う通り、名前も顔も思い出すのに1日がかりであれば、

面倒くさくもなるし、深い関係を築くことは難しいだろう。

それでも彼女が孤独を感じないのは

「人に対して執着が薄いから」

だという。

発達障害の中でも、ASDの傾向が強い人には、

そもそも人とコミュニケーションを取ることに関心が薄く、

他人に興味がないというタイプの人がいる。

彼女はADHDとASDの併存型である

「ハイブリット」

といわれるタイプの発達障害なのだろう。
彼女は言う。

「田口さんの顔も明日になったら忘れると思います。

再会したら、こんな顔していたっけと思い出すのに1日がかりです。

その日が初対面のようなものですよね」

 

【ファーブル昆虫記のような視点で人を見ています】


そんな彼女だが、決して人に全く興味がないわけではない。

だけど、興味の持ち方が、エモーショナルなものではないのだ。


「人に対する興味は『ファーブル昆虫記』のような感覚に近いです。

昆虫好きな人は、昆虫が好きなのに標本にしたりしますよね。

私も人に対して、そんな感じです。

『この人は私のことが好きなんだな』

『この人は音楽が得意なんだな』

と虫ピンで留めて、分類して楽しんでいるような興味です。

そこに愛情があるかと言ったら違う気がします」


夫に対しても

「この人と一緒にいると楽だ」

という気持ちはあっても、それが愛情なのかというとよく分からないという。

「なぜ私が人間関係で傷つかないかと言えば、

昆虫が自分の方に飛んできても、驚きはしても、

傷つかないでしょう?それと一緒で、

私にとって人は観察対象なので、何を言われても傷つかないんです」


彼女の強さというか明るさの源はこういったところからくるのだろう。
取材しているうちに寂しい気持ちになった。

なぜなら、彼女に対して、友人と話しているような錯覚に陥っていたからだ。だけど、彼女にとってみれば、筆者も昆虫の標本と大差ない存在なのだ。


「40年生きているので、相手がどういう反応をすれば喜ぶかは分かるし、(定型発達者に)擬態することはできるんですよ」


無邪気な笑顔で彼女はそう答えた。

 

おもしろいねーーー

そんな思考なんだーーーってねーーー

自分の価値観って枠って小っちゃいなーーーって

思っちゃう・・・

この続きは・・・またまた明日ーーー