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perfection of mind ~自心に究極の輝きを~

生まれ育った地域の中で、「障害」児・者が共に生き、学び、育ち、それぞれが尊重され、誰もが、幸せを感じイキイキ活動できる地域になることを目指し活動して行(生)きます。

「申し訳ない」➡「ありがとう」

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私たちがしばしば・・・「障害」児のママ達から聞く言葉

『申し訳ない』『ごめんなさい』『迷惑かけます』

私も子どもが小さなころは・・・よく使っている時期がありました。

でも・・・様々な人から言われたんです。

「言葉は言霊言い方を変えなさいって・・・」

それから・・・私は・・・

「ありがとうございます」を使うようになりました。

先日も・・・特別支援学校に通う子のママが

「子どもを病院に連れていくのが申し訳ない」と言うんです。

何で?を聞いてみると

「いつも大暴れしちゃって、看護師の方たちが大変だから」

というんです。

過去に何度か病院での検査を、「障害」を理由に断られたこともあるそう。

(これも聞きますねーー)

それって変な話だし社会問題だなあと思いつつも・・・

そうした経験は私にもあるんですよねーーー

普通に家族と同じ様に病院に行くことや公園に行くこと・・・

様々な公共施設を使うこと・・・

私たち「障害」児・者の家族にとっても当たり前のことであってほしい。

でもみんなにとっての当たり前に出来ることは・・・

「障害」児・者やその家族にとっては一般的にハードルが高い。

それって、その家族に問題があるのではなく・・・

そうした家族を排除してしまうような環境や社会に問題があるんじゃないだろうか?

でも、それってあまりにも理解されてはいない・・・

私の個人的意見は、地域の学校と特別支援学校を分けることについても反対です。

特別支援学校に通っている「障害」児やその家族にとって

「排除された気にさせない」配慮が、

地域の学校の中にも持ち込まれるといいですよねーーー

本当は、どんな環境でも

「あなたは、ここに居るのが当たり前なんだよ」

と自然に思わせてくれる環境が整っていれば最高ですよねーーー

それが、インクルーシブ。

でも、それが今は学校を分けないとできない・・・おかしいよなあーーー

インクルーシブをの理念って

「障害者が一般的な教育制度から排除されないこと」

なんですよねーーー

でも日本の場合、導入したことで

「「障害」児を特別に普通のクラスにご招待」

みたに感じに取れてしまう現実があるように思うのはどうしてでしょう?

インクルーシブって制度だけが介入してきて、

本当の意味では全然・・・多くの人に理解はされてはいない。

社会を良くしようと思って導入したインクルーシブ教育が・・・

本当の意味でのインクルーシブから遠ざかってしまった気がしてなりません。

で・・・おかしなことに

時代と共に福祉環境・制度は良い方向には向っているんです。

 

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でもね、学校では・・・やっぱり

「〇-△組の○○さん」ではなくて「○○(支援級)学級の○○さん」

なのではないでしょうか?

支援級の子どもに対して・・・

「一緒に出来るんだったら、通常級においでよ?!」

っていう意識。

それは、優しいように見せかけて・・・実は非常に残酷なんですよねーーー

誘ってくれた通常級の子どもに・・・罪はない…
そこには・・・

支援級の子が通常級にいて当たり前の存在になれていない環境に罪がある。

「障害」児が、みんなと同じ場所に当たり前に存在できるような環境は・・・

今は程遠いのか?

でも、これは・・・

要は支援を批判しているのではなくて・・・

人手が足りないとか、予算が足りないとか、知識が足りないなどと言う

根の深----い問題だと思っていますよ・・・実際は・・・

「「障害」児も、一緒に授業を受ける事が当たり前になるように」

っていう考えは一体いつになったら浸透するのかなーーー

大事なのは「障害」があろうとなかろうと・・・
全ての子どもが「人にはそれぞれ違いがあるんだ」と理解していくこと。
その上で一緒に学ぼうよと思ってくれたら、これ以上嬉しい事はありません。

これは単に「障害」に限らず・・・

勉強についていけない子が

「わからない」と、発言しやすい環境を整えることだって支援のひとつ。

それだけで、全ての子どにとって授業がいやだと思う窮屈さが

一気に減ると思うんですよねーーー

そもそも学ぶ事ってことは、子どもの

「なんで」「どうして」「わからない」

を引き出し・・・

「知らなかった事を知っていく状態」にしてあげることだと思うんです。

よく教員の側も色々責められることが多いとは思うんですが・・・

ひとりの教員に責任がのしかかり過ぎですよね。

(みんなの学校の木村先生も言ってました)

「「障害」児も、そこにいる事が当たり前になるように」…

「障害」児だけじゃない、

母国語が違っても人種や宗教が違っても、ジェンダー問題でも

日本の学校に通うのなら全ての子どもが排除をされない環境が

整っているべきなんです。

立場や見た目で分けられることのない偏見のない時代って

一体いつやってくるんだろう?
「障害」児・者のことを

「出来ない事がいっぱいある人」

から・・・

「サポートさえあればできる人」

と思ってくれる人が・・・どんどん増える時代が早く到来するといいなーーー

人はみんな何かがたりないのだから・・・

「出来る人が、出来る範囲で助け合えたらいいよね」

って多くの人に定着してほしいなーーー