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perfection of mind ~自心に究極の輝きを~

生まれ育った地域の中で、「障害」児・者が共に生き、学び、育ち、それぞれが尊重され、誰もが、幸せを感じイキイキ活動できる地域になることを目指し活動して行(生)きます。

幸せに決まりなんてない——障害児ママとしての私の答え

「幸せってなんだろう?」

そう考えること、ありませんか?

私は「これが幸せの決定版だ!」なんてものは、

この世には存在しないと思っています。

人の数だけ、幸せのかたちは違う。

10人いれば10通り、いや、100人いれば100通りの幸せがある。

これはあくまで私自身の経験をもとにした、

ひとつの「幸福観」にすぎません。

でもこの文章がきっかけで、

「確かにそういう考えもあるな」「私は少し違うな」と、

みなさん自身の幸福観を見つめ直すきっかけになれば嬉しいです。


「自分らしく生きる」が難しかった若い頃

私は幼い頃から、「自分」に自信が持てませんでした。

陰キャで小さくて自信なし・・・クラスでも目立たず、

先生からも良い評価を得られなかった。

「私は醜い」「私は浮いている」——

そんな劣等感をずっと抱えていました。

若い頃は、人から嫌われたくなくて、人に合わせようと必死でした。

人の機嫌を取ったり、いらない気遣いをしたり、プレゼントを渡したり。

今思えば「誰も望んでいない努力」に自分の時間と心を費やしていたんです。

あるときふと気づきました。

「私は私自身として生きていないかもしれない」

その瞬間、ずっとまとっていた鎧が崩れ落ちるような衝撃を感じました。


障害児ママとしての「幸せ探し」

36年前、重度の知的障害と口唇口蓋裂をもつ娘を授かったとき、

正直に言えば「幸せ」なんて言葉は遠く感じました。

医師からの診断、何度も続いた手術、療育や学校との折衝。

どれも「普通」の子育てとは・・・多分違っていて、

「なんで私だけが」と思う日々もありました。

周りのママ友が「初めて歩いた!」「漢字を覚えた!」と

喜ぶ姿を見ては、心がざわつく・・・

「うちはどうして…」と比べては落ち込み・・・自分を責める。

でも、その娘が笑ってご飯を食べてくれるとき、

音楽に合わせて体を揺らすとき。

「これが私たちの幸せだ」と感じられる瞬間がありました。

「他の子と比べる幸せ」ではなく、

「この子と生きる幸せ」を見つけていく。

そのプロセスこそが、私にとっての幸福探しだったのだと思います。


きょうだい児や不登校を通して見えたこと

もうひとつ、大切な学びをくれたのが、

きょうだい児や不登校の経験です。

障害のある子には「仕方ない」と思えることも、

健常のきょうだいにはつい厳しくしてしまい、反発させたこともありました。

「なんで私ばっかり怒られるの?」と泣かれたとき、

自分の未熟さを痛感しました。

また、下の子が不登校になったときは、「学校に行かなきゃダメでしょ」と

焦る気持ちを抑えられませんでした。

でも、子どもは「学校に行かない自分」ではなく、

「そのままの自分」で認めてほしかったんです。

「幸せのかたち」は決して一つじゃない。

「学校に行けること」や「テストで良い点を取ること」だけが幸せじゃない。

その子にとっての幸せを、一緒に探していくことこそ親の役割だと学びました。


幸せは「比べないこと」から始まる

結局、私が気づいたのは「幸せは比べないことから始まる」ということでした。

誰かと比べて「できないこと」を嘆くのではなく、

「今この子と一緒にいる幸せ」を数える。

誰かに好かれるために生きるのではなく、

「私自身の幸せはここにある」と自分に問い続ける。

その繰り返しの中で、

私は「幸せって案外シンプルなんだ」と思えるようになりました。


まとめ

幸せのかたちは本当に千差万別です。

障害児ママという立場は、時に孤独で、時に人と違って見えてしまいます。

でも「人と違う幸せを見つけられるのは、私にしかできない」と思えたとき、

肩の荷が少し軽くなりました。

今の私は、他人から見れば決して「恵まれた状況」ではないかもしれません。

でも私は、娘と家族と、支えてくれる人たちと共に、

わがままに、私らしく生きています。

それを「幸せ」と呼べることが、今の私の幸福観だなーーーって

実感しています。