私は「障害」児者の子たちが・・・
3度の食事より好きです。
彼らを見ていると・・・
「できない当たり前があっていいなー--」
って思ったり・・・
「自分のできるをしっかり表現してるなー--」
って思ったり・・・
「負けない、あの人より自分は・・・」
って・・・負けん気や闘志を表現したり・・・
羨望、嫉妬、向上心、素直さ、謙虚さ・・・
なんだか・・・とっても人間らしい・・・面白い・・・
でも私もかつては・・・
「障害」児を産んで当分は・・・そんな気持ちになんて
微塵もなかったもんなー--
嫌で仕方なかったし・・・夢で逢ってほしい、誰か変わってほしい
私の計画はこんなんじゃあなかった・・・
って。。。
本当に否定、非難、悲観・・・
ネガティブの塊だったもんなー--嫌な自分だった・・・
子どもだった・・・世の中の事・・・全然知らない
見解の狭い人間だったんだ・・・
でも・・・私・・・
この状態・・・数年結構あったけど・・・
「仕方ないじゃん」
「もう戻れはしないんだから」
「やるしかない」
って・・・
思うしかなかった。
でもねー--「やる!!」
って決めても・・・これって・・・周りを見ては「傷つき」
ほかの子と比べては「できてない」そんなこと思う日々も多かったなー--。
でもそれも・・・
「受け入れるしかない」
「なるようになるよ」って思ってやっていく・・・
でもねー--
でもねー--
周りからじろじろ見られたり露骨に嫌な顔されたり
「そっちにはいかないの」とか
「遊んではダメ」「見ないのよ」
なんていわれると・・・正直・・・凹んでた。
「仕方ないじゃん」
「みんな知らないからそうなるよな」
そう思い自分を納得させようとしても・・・
「みんなと一緒ってできるのかな?」
「この子にはほかの子とは違う別の道しかないんじゃあないかな?」
「やりたいようにやりたいことできないのかな?」
そんな疑問や不安ばかりが次々に浮かんでいたっけなー--
じゃあ病院や療育に行って
同じ「障害」の人と話をして・・・
自分の気持ちは解消されっていったのか?
答えは「NO」
心が安らぐようで安らがない・・・
「もうあの子はあんなことできてる」
「あの子はうちより軽いよなー--」
「うちの子できるようになるのかな?」
なんてねー--
子どもと向き合っていると・・・
真剣に向き合っているほど・・・
なんかねー--いいとこってなかなか見れないの・・・
自分で知りうる情報なんて・・・ちっぽけなのに・・・
一生懸命・・・自分のできる範囲で動きまくって・・・
疲れて・・・自己嫌悪
でもねー--
一生懸命や悲惨な状況って何かしら自分でもがいていたら・・・
「大変そうだなー--」
って思った人が。。。
声をかけてくれて・・・
「同じようなことで苦しんでいた人達がいるよー--」
「聞いてみて・・・話してみたらー--」
って・・・
声をかけてくれる人がいて・・・
そこから・・・
そこに行って「へえー--」って思ったり
「んー--」って思ったり「わあー--」「はあー---」
「うんうん」って・・・・
どんどん感嘆符がプラスに変わっていったけなー--
そこが・・・私のいる今の会・・・
・・・で今度は私がそこの会の代表をしてる
縁って不思議・・・
でも・・・人って「真逆」にだってなる。
どう「出会い」を引き寄せていくか・・・
今は、もっと昔より様々な手段にあふれている・・・
だからこそ・・・「本物」に出会うのが
難しい時代になっているのかもしれない・・・
今・・・周りを見ながら・・・そう感じている。