人の話に「違和感」があったり
聴いていても何だか「重み」を感じなかったり
なんか「言葉」が薄っぺらいなーーーって・・・
そんなことってありませんか?
私は最初・・・
自分のうがった人を見る目に「課題」があるのでは?
と思っていました。
でも・・・よく知ってる人の中にもそれを感じることがあって・・・
それって何だろう?って・・・
ずーーーっと気になって心に引っかかってはいました。
そして・・・
たくさん年月や学びを重ねる中で・・・気づくことができました。
今のその人の等身大と「言葉」があってないのだと・・・
または・・・
今まで語っていなさ過ぎて・・・・
その語りの基本情報がなさすぎるとか・・・・
基本は「言葉」が今のその人が今・・・語ることではない・・・
そのレベルに達してない?
んーーーまだその言葉がしっくりくるほど
やってないんじゃあない?ってことです・・・
誰かの受け売りの習いたてのことを「考動」してもなく
ただ・・・いってるだけ・・・みたいな・・・
要は・・・深堀りされたら・・・
「あわわわわ・・・・」になるでしょ・・・って感じですねーーー
そんなことは言わない方がいい・・・
等身大でいいじゃあないですか?
いま語れることを今の自分の「言葉」で語ればいいだけ・・・
自分を大きく見せたり・・・物知りに見せたり・・・
偉く見せたり・・・
そんなことがかっこいいわけではない・・・
等身大の今の「言葉」がかっこいい・・・
そう思うんですよねーーー
私も今・・・たくさんの「失敗」を積み重ねてきて
そう思えるようになりました。
それは・・・・「障害」児の娘と出会ったこと
そこが本当に人生の分岐点でした・・・
そこから・・・とっても面白い(今振り返ると・・・)
ことが起こって・・・
高校時代もハプニングの連続でした・・・
学校は小さなころから・・・「好きな場所」
だったので・・・間違えなく・・・毎日行きました。
まーー行くのも帰るのも・・・何度・・失敗を繰り返したことか・・・
そのたびに駅員さんと仲良くなっていきました。
学校では・・・まーー授業をさぼることも多かった
おかげで・・・夏休みも何度も学校に行く羽目になっていましたねーーー(笑)
体育なんて・・・よくさぼっていたようです・・・・
大きな行事の修学旅行・・・事前に相談がありました。
その中で「親の同行」を求められました。が・・・
私たちが要望したことは・・・
来年度の担任配置を考えてほしい
できるだけ子どもだけで行かせたい・・・そんな話をしました。
入学させていただくとき・・・本当に僅差で入学になったこともあって・・・
あまり・・・良い印象ではなかっただろうと思います。
・・・でもいったんです。
子ども達だけで・・・
「もしものときには飛びます」
そう約束して・・・子ども達だけだのスリリングな旅・・・
きっと・・・先生方にも「スリリング」であっただろうと推察します。
でも・・・彼女たちは自分たちで・・・体験してきた・・・
小中学校でもやってきたように・・・
遠く北海道、東京へ行っても・・・
きっと・・・大きな自信になったのではないかなーーーって思います。
私達も実際は「生きた心地はしない」毎日でした・・・
だけど・・・信じて良かった
みなさんを「信頼」してお任せして良かった・・・
そう思った体験でした・・・・
私達だいぶん・・・子離れできてきたんじゃない?
そんな体験でもありました。
高校はたくさんの地域からの集まり・・・
また・・・新たに「価値観」が広がった・・・
そんな瞬間でした・・・