
「お前、右から見ると滑稽だな」
これは、ある50代の方が子どもの頃に
お父さんから言われた言葉だそうです。
たった一言。
でもそれから、その方は人と話すとき、
無意識に右側の顔を隠すように首をかしげてしまう癖がついたのだそうです。
大人になった今でも、その癖が抜けないといいます。
あるいは、「お前は橋の下から拾ってきたんだよ」
そう親から言われたことで、
「本当の親じゃないんだ」と思い込み、ひとり苦しんできた方もいます。
――こうした話を聞くと、私は胸が苦しくなります。
なぜなら、私自身もまた「言葉」で深く傷つけられて育ってきたからです。
私も、小さなころから「からかわれたり」「いじられたり」してきました。
でも、それが“愛情の裏返し”とか“大人の冗談”だったとは、
どうしても思えなかった・・・
それどころか、「自分には価値がないんだ」「私が悪いんだ」って、
何度も何度も、自分を責めてきました。
たとえば、私は絵を描くのが好きでした。
でも、親の前で描くたびに「下手だねえ」「なにそれ?」
そんなふうに言われることがありました。
笑いながら言われると、逆に悲しかったんです。
「笑えるくらい、ひどいんだ」って。
私は、そのうち描きたくなくなっていきました。
褒められた記憶よりも、笑われた記憶のほうがずっと鮮明に残っている。
あれから何十年経っても、いまだに私の中には「
私は人前で絵を描くのは避けたい」という感覚が残っています。
「言葉の暴力」や「精神的な虐待」は、見えにくいだけに、深く残ります。
とくに、親という存在からの言葉は、子どもにとって絶対的です。
子どもは「冗談」や「謙遜」の裏を読み取ることができません。
親の言うことは「真実」として、そのまま心に刻まれてしまうのです。
実際に、からかいやいじりによって傷ついた方たちの話には、共通点があります。
◆特に気をつけたい「親の何気ない言葉」
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「あんた、太ってきたんじゃない?」
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「ほんとに運動ダメね」
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「○○ちゃんはもっとできるのに」
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「そんな泣き方、うるさいからやめて」
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「恥ずかしい子だね」
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「あんたみたいなの、もらってくれる人いるの?」
これらの言葉は、言うほうは「しつけ」や「励まし」のつもりかもしれません。
でも、子どもにとってはただの“否定”であり、“攻撃”でしかありません。
そして、傷ついた子どもはどうなるか。
自分を責め、自己肯定感を失い、人との距離を取り、
時には自分の感情さえも感じないようになっていくのです。
私もそうでした。
「私が悪い」「私なんかが」と、自分を押し殺してきた結果、
自分が何を感じているのかすら、よくわからなくなることがありました。
でも、大人になってわかったことがあります。
それは、「あのとき傷ついた私の感じ方は、間違っていなかった」ということ。
「そんなことで傷つくなんて繊細すぎる」と言う人もいるかもしれません。
でも、どんな言葉であっても、
受け手が「傷ついた」と感じたら、それは“傷”なんです。
子どもは、自分を守るために沈黙します。
でも、本当は誰かに「そんな言い方ないよね」「あなたは悪くないよ」
って言ってほしかった。
あの頃の私に、今の私がそう言ってあげたいのです。
私が今、子育てや親子支援に関わるようになったのも、
自分の過去を「誰かの役に立てたい」と思ったからかもしれません。
あの頃の私と同じように、「言葉」で傷ついた経験を抱えた人に、伝えたい。
あなたの感じ方は、まちがっていない。
あなたの価値は、誰かの言葉で決まるものじゃない。
そして、あなたが今もその言葉に縛られているのなら、
少しずつでも手放していいんだよ。
言葉は、ときに人を深く傷つけます。
でも、言葉は人を癒す力もあります。
もしあなたが、あの頃の私のように「言葉で傷ついた」
経験があるのなら、
これから出会う人たちには、「優しい言葉」を手渡してあげてほしいのです。
子どもたちが「自分は大切にされている」と思えるような、
未来へつながる言葉を。




