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perfection of mind ~自心に究極の輝きを~

生まれ育った地域の中で、「障害」児・者が共に生き、学び、育ち、それぞれが尊重され、誰もが、幸せを感じイキイキ活動できる地域になることを目指し活動して行(生)きます。

受験シーズンに思うこと  パート1

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そろそろ受験シーズン。

 

受験は小さなころから体験する子

習い事や塾で体験する子等様々だが・・・

やはり

義務教育終了後の高校受験が一番多いのかな?

なんて思う。

うちもそれぞれ受験していったが、最初の娘(知的しょうがい)の

ときには、

“どうするべきか?”悩んだ。

 

学力は極端に低い。今で言う支援学校か?と思ったり

 

この子にあう、どっか行けるとこないのか?と思ったり

 

こんなときには、やはり先輩たちに意見を求めた。

 

「子どもは、どうしたいのか?」

「金銭的問題はどうか?」

「私たちは行けるとこを自分達や先生と協力して探し

た。」

 

等々のことをおっしゃった。

そうか・・・そうだよね・・・

まずは、今で言う“オープンスクール”に参加した。

 

彼女が“通える”が条件、単線で迷わない交通機関。

 

駅から遠くないこと、もしくは、市内。寮・・・

 

私学、支援学校、公立・・何校行っただろう?

 

中学校の特学の担任に最初に進学の相談をしたとき

 

「あ~どこの支援学校にしますか?」

 

と、躊躇なく第一声で聴かれた。

 

んーーーーーーー。。。。。。(まあそうかって思ったけ

ど)

 

「先生、うちの子は支援学校しかありませんか?」

 

私がわざと聴いたとき、

 

「いや、今までの方がすべて支援学校だったから・・・

当然そうだろう。と思ってました。

どこか行かれたい所があるんですか?」

 

と聴かれた。

 

「これから、進学するときに、この子はみんなと同じよう

私学やその他の学校にいけないかもしれないけど

オープンスクールに体験に行ったりしてはいけませんか?」

 

と聴いた。

 

「いや、それはいいですよ・・・申し込んでください」

と・・・

 

「昔は、先生たちも一緒に定員割れに抗議し、子どもを入

れるように活動したり、私学に入れてほしいと座り込みを

したとか ・・・

したそうですね。先輩たちが言っていました。」

 

と話したら、

 

「え、そうなんですか?どっか行きたいとこあって

入れてくれないとなったら僕も座り込みしたらいいです

か?」

 

って・・・

 

「やりますよ」とも・・・

 

(そういう気持ちがあるかどうかをしりたかった

この子達のことをどれだけ考えてくれているのかを・・・)

 

それから先生は時間が許す限り必ずオープンスクールには

同行してくれ、様々な意見を言ってくれた。

 

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支援学校も4校くらい行ったが

そのときに

 

「割りと何でもできますね・・・どちらの支援学校に行く

んですか?」

と言われ

 

「来るならなるべく早く決めた方がいいですよ」

 

と言われた。

 

私学にも何校も行った。

 

学校の雰囲気、生徒、環境、教員・・・

説明を聴きながらよく観察した。

見る人によって考え方も違うので

担任との意見を突き合わせていった。

 

最終的な決定をする前に進路指導の先生にも相談。

 

「私学にやれるならいってもいいんじゃない?

どこにするの?」って・・・

「私学だったら〇と▽にしたいんだけど南と北だから専願

2か所とかできないんですか?」

 

と聴いたら

 

「それは。できんね~」

 

とおっしゃった。

 

んーーーーーーーー。

 

娘は、どこに体験に行っても

 

「楽しかった。ここでもいい」

 

と言った。全寮制や堅苦しい雰囲気のところ以外は・・・

 

公立に体験に行ったとき

 

「試験に通ったら、ぜひ、きてくださいねーーーー」

 

と言われた。(通るわけがないのわかってるな・・・)

 

最終的に決めたのは1校の私学。

定員割れしている。

学校の人数が少ない。

先生たちが一生懸命そう・・・生徒は個性的だが

自由そう・・・。

(彼女は昔で言うヤンキーにはかわいがられた方だったので、そんな子にも、抵抗なし)

 

決めた。

 

そこから、様々な活動の開始。

何度も高校に足を運ぶ。

この子達の特性を知ってもらえるように先生たちに働きかける。

校長先生や進路、特学の先生も何度もお願いに行ってくれた。

 

そして専願受験。

大嵐の日だった。窓がガタガタなって風はビュービュー吹き荒れ

保護者の待機室でまった。(悪い予感しかしない)

引率の先生は、子ども達に近い別部屋で待っていたようだった。

 

先生が私達のもとに来た。

うちの子が

「面談室に入るなり(恥ずかしさで)奇声を上げていたとい

う。」

 

(やってしまったかあ、落ちた・・・

これからのことを早急に考えなきゃ)

 

先生も残念そうに肩を落としていた。

まあ、仕方ない。やるだけのことはやったんだから・・・

それはそれでいいや。次々・・・と思い自分の気持ちを

奮い立たせていた。

 

10日くらいたって受験の結果が来たという。

特学の先生からの連絡、学校に来てほしいとの事

校長室に行った。

 

「合格しました。」

 

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え?????????????????

 

「私たちも、あんなことがあったので、高校側に電話して

聴きました。」

 

と校長先生

 

「ホントにちゃんと受け入れる気があるのかと・・・」

 

そしたら、

「ちゃんと卒業するまで面倒を見ると・・・」

「おめでとうございます」って

 

えーーーーーーほんとにーーーーーーー

 

それから入学まで校長先生が学校にいって再度確認してくださったり

特学の先生と電車で行く練習を何度もしたりした。

とても遠い、で、駅を降りてもかなり歩く。

 

ドタバタな高校生活は・・・ここから始まった。

 

諦めない。やれるだけのことはやる(人が一緒にやってくれることも)

できるかできないかは考えない。とにかくやってみる。

やってダメでも諦められる。

やらなくて後で後悔したって、なかなかもとには戻れない。

 

彼女のドタバタ高校生活の

チャレンジ・・・ここから始まったのだった・・・

 

長くなったのでこの続きは・・・また・・・