最近、書籍棚を整理していた。
その時に出てきた絵本。
小さなころ子どもが好きだったものではない。
子どもの時期に自分が好きだったものでもない。
・・・大人になってから
人から・・・
『この絵本を見ると私のことを思い出す。』
って言われたのだった。
ん?・・・出てくる人物が似てる?
生い立ちとか?出身地とか?
もしかして?“鬼”が出てくるものとか?
と思っていたら・・・・
私が発する“言葉”だという。
えーーーーなんの口癖?
わーーーー何を言ってしまっているの?
んーーーーー
と思い考え込んでしまった。
私は、そのとき、小学校の保健室に定数決講師で
養護助教諭をしていた。
不適切な発言をしていたか・・・・
とっても心配になった。
そうしたら、その先生が
『この本知ってる?』
と見せてくださった。
“だいじょうぶ、だいじょうぶ”
その絵本は小さな孫とおじいさんの物語。
孫に何かコトが起こると
おじいさんは、いつも
「だいじょうぶ、だいじょうぶ・・・・・・」
とお話をする。
その言葉に救われ前を向いて歩いて行ける孫。
・・・そして、孫が大きくなって
おじいさんは年を取って
ベッドに横たわっている。
そのおじいさんの手を握り
孫は、何度も何度もくりかえす
今度は、ぼくのばんだと・・・
“だいじょうぶ、だいじょうぶ、だいじょうぶだよ
おじいちゃん”
と・・・
簡単に説明すればそんな本だ。
あーーーーなるほど・・・・
私の口癖だあーーー
子ども達にまず、さしょにかける言葉・・・
頭がぱっくり割れて血を流しワーワー泣いてるときも
嘔吐下痢でゲーゲーはいてるときも
おもらしで心身共に傷ついているときも
高熱でぐったりしているときも
迎えがなかなか来なくて不安そうにしている子に・・・
重傷で病院受診でタクシーを待っているときも・・・
「だいじょうぶ、だいじょうぶ、たいしたことないよ」
(わーーーーぱっくりだあ、これは縫うなーーーきっと)
「だいじょうぶ、だいじょうぶ、シッカリ吐いて辛いねー
ーー」
(臭いにやられてはいけない!!!!)
「だいじょうぶ、だいじょうぶ、私も小学校のころねーー
ー」
ともっとひどい失敗談を話す
(担任と今後のケアを話さなきゃなーーー)
「だいじょうぶ、だいじょうぶ、きついねーーー」
(なんの熱かな?おうちの方に迎えに来てもらわなきゃ)
「だいじょうぶ、だいじょうぶ、お母さん仕事の都合つけたら、すぐ来るって・・・一緒に待ってようね・・・」
(あと1時間不安にならないようにしてあげなきゃ・・・)
「だいじょうぶ、だいじょうぶ、すぐに病院につくから
ね・・・」
(これは折れてるだろうなーーー振動がこたえるだろうなーーー)
言葉には“力”がある。
そう思ってきた。
だから
子どもに“だいじょうぶ、だいじょうぶ”と言いながら
その実、その言葉は自分自身に
“だいじょうぶ、だいじょうぶ・・・”
と言い聞かせている。
“だいじょうぶだいじょうぶ”って
心を平静に、落ち着いて、
子どもを不安にさせないように・・・って
自分自身にあてた“応援”の言葉でもあった。
そんな言葉・・・
自分自身が無意識に頻繁に使っている言葉・・・
それに気づいてくれた素敵な先生・・・
“ありがとう”
そんな温かい気持ちを思い出させてもらった。
その本をそっと本棚のよく見える位置において・・・
この気持ち忘れないように・・・