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perfection of mind ~自心に究極の輝きを~

生まれ育った地域の中で、「障害」児・者が共に生き、学び、育ち、それぞれが尊重され、誰もが、幸せを感じイキイキ活動できる地域になることを目指し活動して行(生)きます。

見過ごされる・・・「発達障害」1

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記事の動画を見て・・・

同じ相談を何度も涙ながらに語る。。。

家族に疎まれ悔しがる・・・

他の理解されて育った親子を

うらやましがる・・・

そんな話を当事者たちから

何人も聞いてきました。

その現実と一緒・・・そんな内容です。

ひきこもりのかげで 見過ごされる発達障害

私たちは、メールをくれた男性を訪ねました。
大学卒業後、長く続いた、ひきこもり生活の中で苦しんできたと言います。発達障害だと診断されたのは、26歳の時。臨機応変な対応が苦手で、1つのことに集中すると、他のことが見えなくなってしまう特性があります。

平澤さん(仮名)
「自分の場合(物を)しまうと、そこには何もない、となって、いざ水筒を箱にしまうと、水筒自体が“存在しない物”になってしまう。自分の頭の中では。」

取材班
「目に見えるところに置いておかないといけない?」

平澤さん(仮名)
「だからちょっとバラバラであれですけど。この黒いスーツ姿が私です。」

国立大学で経済を学んだ平澤さんは、就職活動に失敗。卒業後は、食品工場でアルバイトを始めます。しかし、複数の作業を同時にこなすことができず、わずか半年で退社。当時は、それが発達障害によるものだとは気付かず、自信喪失から、うつ状態に。これが、ひきこもりのきっかけでした。

平澤さん(仮名)
「とにかく作業のやり方とか、段取りとか、本当に一発で覚えられないんで、やり方がわからないでいても、『そんなの自分で考えろ』とか『なんで覚えられないんだ』と、逆になじられるんで、もう本当に食事ものどを通らないという状態になってしまいました。」

ひきこもりは「甘え」? 周囲の厳しい目

発達障害の診断が遅れ、ひきこもりが長期化するケースも出ています。
以前、番組に出演してくれた男性です。中学時代のいじめがきっかけで、20年以上ひきこもりが続いています。

小崎悠哉さん
「父親はやっぱり、働け働けしか言わない。働くのが当たり前だって。」

現在も、病院と近所のコンビニ以外は、基本的に外出することができません。
発達障害があると診断されたのは、ひきこもってから十数年以上もたってからでした。こだわりが強く、相手の気持ちを推し量って人間関係を築くことが苦手です。

小崎悠哉さん
「幼稚園時代から、仲間はずれにされることは多かったです。なんで、みんなのように、うまくできないのかなというのはあります。」

いじめられた恐怖から不眠になり、みずから精神科を受診しようとしますが、思わぬ壁が。

小崎悠哉さん
「精神科に行くことを反対しました、両親は。そんな恥ずかしいこと、近所を歩けなくなるって。」

30歳を過ぎて、ようやく両親を説得。自宅から遠く離れた精神科を受診します。そのとき初めて、自身の発達障害について知ることができたといいます。ところが、ひきこもり生活が長くなる中で、発達障害以外にも、さまざまな体の不調を抱えるようになっていました。

小崎悠哉さん
「(食事が)食べられなくなって、1か月間入院した。精神科に。」

常用している睡眠導入剤や抗うつ剤です。不安になると、今でも眠れなくなることがあるといい、手放せません。最近では、物がうまく飲み込めなくなる、えん下障害も併発し、体重は一時30kgも減りました。

取材班
「小さい頃から発達障害とわかっていたら、どうなっていたと思いますか?」
小崎悠哉さん
「ひきこもらなかったと思う。こういう特性があるから、人とうまくできないのを理解して、ちゃんと話せるように頑張れたんじゃないかと思います。」

ひきこもりのかげで 見過ごされる発達障害

ひきこもりの深刻化を防ぐには、家族の理解が欠かせないと指摘する専門家がいます。

「たぶん(息子は)話さない。」

「いやいやお母さん、『たぶん話さない』は、お母さんの考え。とりあえず声かけてみて。」

元精神科看護師の山根さん。
ひきこもりの当事者と親を支援するNPOを主催。これまで1700件以上の相談に乗ってきました。

山根さんの家族会に、5年間通っている70代の母親です。ここで、他の家族の話を聞いたことで息子の発達障害に気づき、診断につなげることができたといいます。

山口大学大学院 教授 山根俊恵さん
「診断がついてからどうでした?」

母親(70代)
「診断がついてから、私はすごく気持ちが楽になりました。ああそうだったから、できなかったんだと。」

その後、母親は家族会で、経験者などから発達障害の特性や接し方を根気強く学び、部屋から出てこない息子とコミュニケーションを続けました。

母親(70代)
「学校は行くのが当たり前みたいな、私の考えだったので、『なんで学校に行かれないの』って感じで、すごい責めましたし、引っ張り出して、タクシーに乗せて、パッと連れて行ったこともあるんです。それは全然マイナスなことだったと、勉強していくうちにわかった。」

山口大学大学院 教授 山根俊恵さん
「よかれと思って、親だからこそ言って聞かせなきゃと、一生懸命なだけ。その一生懸命さが、本人を苦しめていると、まず気付いてもらわないと。そこが、“目に見えない障害”の理解の難しさというのはあると思います。」

48歳の息子は、20年のひきこもり期間を経て、去年、医療サービスを行う会社に就職することができました。

 

親だって・・・ほんとは心配してるし・・・

ちゃんと考えてる・・・だけど・・・どこからか・・・

自分の歯車が狂い始める・・・

自分の世間の価値観が・・・みんなを追い詰めてく・・・

そこに一番苦しんでいるのは・・・

まぎれもなく・・・「本人」

子の記事の続きは・・・

また明日・・・