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perfection of mind ~自心に究極の輝きを~

生まれ育った地域の中で、「障害」児・者が共に生き、学び、育ち、それぞれが尊重され、誰もが、幸せを感じイキイキ活動できる地域になることを目指し活動して行(生)きます。

配慮ある多様性に向けて 3

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配慮ある多様性・・・このことについて

前日の二日間考えてきた・・・

なるほど・・・

そんな考え方もある・・・

気づかないことも・・・違う捉え方の意味も

言語化され・・・そうなんだなーーー

なんて・・・理解できた・・・

今日は3日目でいよいよ・・・最終日・・・

内容は・・・

 

配慮=インクルージョン

今の多様性は配慮泣き多様性。

ココからいち早く配慮ある多様性の段階に進む必要がある。

「配慮ある」とは

相手の境遇やそこからの世界の見え方に関心を寄せ、それと

自分を架橋すること 

 

例えば家族旅行、父はハワイ、母は温泉

娘はディズニー、自分はどこも行きたくない

「みんな違って、みんないいから・・・

じゃあバラバラで・・・」

とならないためには

なぜ?父はハワイに行きたいのか?

なぜ母は温泉に行きたいのか?

その意向が相手のどこからどのようにでてきて

いるのかに関心を寄せる必要がある。

そして尋ねた結果、母が温泉に行きたいのは

年老いた祖母を連れていきたいとわかれば

父はその思いを姉や自分に話

「そういうことなら今回は温泉で。。。」

となるかもしれない。

これが

「みんなちがって、みんないい」

と「共同性」を両立させるために必要な「配慮」

「正解」はない。ただ・・・

温泉からみんなで帰ってきたとき

「よかったね」

とみんなで言い合えればそこが「正解」

「納得感」

「配慮」は意思と工夫

2016年に障害者差別解消法が施行され

「合理的配慮」がうたわれた。

障害のある人に「合理的配慮」を行うことで「共生社会」を

実現する音を目指すと書かれている。

健常者と障碍者という多様な人たちの共同性は

「合理的配慮」を通じて可能になる。

設備をバリアフリーにしたり、本人の求めに応じて

便宜を図る。手助けをする。

その背景には、相手に関心を寄せ自分と相手の架橋

をするという「配慮」がある。

要は

「どうしたらいいですか?」

「どうしてほしいですか?」

と相手の意向を聴き自分にできることをしてお互いの納得解に

たどり着こうということ

多様性は存在の問題、配慮は意思と工夫の問題

多様化を細分化、分断化に至らせないためのカギは

「配慮」(インクルージョン)にある。

時代の課題、要請としてインクルージョンの課題に

向き合う必要がある。

それは簡単で、そして難しい

簡単というのは私たち全員がその芽を持っている。

「歩くのがちょっとゆっくりな人とは自分もゆっくり歩く

じゃあないですか、そういうことだと思う」

自分もゆっくり歩くことで、ともに歩むという共同性が

成り立つ。

「障碍者の共生」「外国人との多文化共生」

「高齢者の思いやり」

なんていうと答えの決まった知識の必要なことと感じるだろう。

しかし

「歩くのがちょっとゆっくりな人」は

障害者、外国人、高齢者とは限らない。

健常で若い日本人の場合もある。

そした私たちは相手が誰であろうと

「歩くのがちょっとゆっくりな人」

ならば自分もペースを落とす。

相手がどんな属性か、それによって何が正解か

など考えない。

大事なことはその人との正解を、その人との間合いで

見つけることだ。

 

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あるℕpоの保護司の方は

「こんなにしたのに」という思いは全くない。

うちの何が足りないのかと思うだけ

今度はどんな方法でやればいいか。

「私はこう思うけどどうか」と聞く

嫌だと言われればまた話し合って違う方法を考える。

見返りを求めるボランティアならしないほうがいい

相手に失礼、そんなんじゃ心が通じない。

という。

 

障害者に「お手伝いしましょうか」と言って邪険に断られたり

迷惑がられたり、うまくいかなかったとき

「自分の力が足りなかった」

とあっさり言い切れる人は多くはない。

「今度はどういう方法でやればいいか」

と考えて否定されたら

「また話し合って違う方法を考えればいい」

と思いきれる人は多くはない。

ふつうはその面倒くささに耐えられない。

2019年ラグビー日本代表が注目されたのは

多様性の典型のような構成のチームが

「ワンチーム」としての共同性を維持し力を発揮した

からだろう。

多様性が共同性を獲得できたときそのパワーは均質的

な共同性を上回ることを私たちは目にした。

私たち社会もそうでありたい。

ラグビー日本代表は「かつ」ために

その面倒くささを乗り越えた。

私たちは地域と社会、そして世界の平和と持続可能性を

実現するために

子の面倒くささを乗り越えたい。

 

様々なたとえがあり、引用があり・・・

とてもわかりやすいと思った。

とかく日常生活の中で・・・時に当事者家族であっても

みのがしがちになる出来事・・・

面倒だと思う出来事・・・

諦めてしまいそうになる出来事・・・

今一度。。。しっかり見つめ・・・

「諦めない」

そして「面倒くさい」をやり続けなければならない・・・

そんなことをまた・・・

深く考えさせられた・・・