変えられる
性格は変わらなくても
態度は変えられる
見た目は変えられなくても
言葉遣いは変えられる
収入は変わらなくても
生き方は生き方は変えられる
事実は変わらなくても
受け止め方は変えられる
相手は変わらなくても
自分は変えられる
変えられないものより
変えられるものに目を向ければ
今よりも前に進める
最近・・・私は人に・・・
「あなたのほんとうにやりたいことは
何?」
「一人の人としてやっていきたいこと
は?」
って・・・つきつけられて・・・
何だか・・・胸を張って
「これだ!!」と言えなかった自分がいた・・・
今の自分のやっていることを・・・すべて取り除いて・・・
自由な時間・・・何の縛りもないとしたら・・・
さあ・・・何やる??って聞かれたら
私って・・・
“ずーーーーーっと何らかの
縛りの中で生きてきたのかもしれない”
その縛りの枠の中からしか物事を見れてないのかもしれない
だから・・・
急にそんなこと言われたって・・・ってなっちゃう・・・
そういえば・・・日本は他国に比べてビジョン思考が弱いと聞く。
何だか・・・夢物語をいい歳をした大人が・・・口にすることは
恥ずかしいこと・・・
という風潮がこの日本では強いのかもしれない・・・
いや・・・きっと“恥”の概念は強いのだと思う。
さまざまな方の話の中でも・・・
「うちの子の言ってる学校なんて・・・人に恥ずか
しくて言えない」
「しょうがいって言われるくらいなら・・・手帳な
んていらない」
「しょうがいのあるきょうだいを紹介なんてできな
い」
「学校に行けない子がいるなんて・・・恥ずかしく
て言えない」
「いい年してひきこもりだなんて・・・恥ずかし
い」
諸々・・・
よーーーーーく恥ずかしい!!って聞くもんなーーーー。
それに対し、海外の方々は
「本当に価値あるものは妄想(ビジョン)
からしか生まれない」
と経験値から知っているらしい・・・
それはMITのダニエル・キム教授が提唱した
「創造的緊張(Creative Tension)」
という概念、
人が何らかの創造性を発揮するときには
「妄想と現実のギャップ」
を認識することが欠かせない。
個人が自らのビジョン(妄想)を明確にして、
そのビジョンと現状との間にある距離
(ギャップ)を正目から受け止めたとき、そのギャップを埋めようとする
モチベーションが生まれる。
だから・・・
様々な形でその思考になるような手立てを行うのだとか・・・
感情のアウトプットやビジョンスケッチ、ビジュアルメモ・・・
そして・・・そんな中から
自分の思考をよりクリエイティブにしていく・・・
そんなこと・・・考えたこともなかったから・・・なあ
だから・・・
自分の大きなビジョン・・・妄想・・・夢・・・
見つけにくいと思ったら・・・
自分が生きてきた過去を振り返り“自分史”を書くことが有効らしい。
幼少期からの自分がどんな人生を歩んできたのかを振り返る・・・
その中から・・・
何らかのヒントが見つかり・・・
「ホントはこんなことを生かしてやり
たかったんだ」
「こんな苦しかったことがない世の中
にしたかったんだ」
「こんな人の役に立ちたかったんだ」
「こんなメッセージを伝えたかったん
だ」
なんてことが明らかになりやすいらしい・・・
何歳になっても・・・これからの人生にあまり・・・
「後悔」の文字は大きく残したくはない・・・
だから・・・ちょっと自分史・・・
きついことが多いはずなんだけど・・・
ちと・・・振り返ってみるかなーーーー。(*´ω`*)
どんな人にも・・・それぞれの自分史・・・
これからを見つめなおす・・・
変えられることは変えていくためにもね・・・
んーーーー“終活”としても・・・いいかもねーーーー