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perfection of mind ~自心に究極の輝きを~

生まれ育った地域の中で、「障害」児・者が共に生き、学び、育ち、それぞれが尊重され、誰もが、幸せを感じイキイキ活動できる地域になることを目指し活動して行(生)きます。

~「障害」~「幸せ」は日常の思い出から

最近、「障害」者の娘の小中学校の同級生の男の子と話すきっかけがあった。

現在神奈川にいるという。

 

きっかけは

自分の娘が新聞記事になった・・・昨年・・・

自分たちの「障害」者コミュニティで

「彼女の生い立ちを追いたい」

「インクルーシブ教育について考えるきっかけにしたい」

「現在の教育に関して考えるきっかけにしたい」

そんな話が出てきて・・・

動画プロジェクトが素人集団でのんびりペースで始まっているのだ。

 

そこで小学校、中学校、高校。そして今の就労支援事業所・・・

そこの関係者たちにインタビュー形式で思い出をさかのぼっていった。

 

小学校のころにはねー--

もう「前向き」だったからねー--

 

生まれた直後から

「障害」児ということで本人はともかく

私自身が親として「どん底」だったこともあったんだけど・・・

 

ショック➡悲しみ、苦しみ➡否定➡孤独、怒り➡適応➡再起

みたいな感じだったかなー--

そうやって自分自身が成長させてもらってきた・・・

 

今では・・・その話を笑ってできることで

講師依頼も多少来るようになって

人のお役に立てることもできるようになってきた・・・

 

でもねー--そこに至るまでは「どん底」時期もたくさん経験したんだった。

 

だからこそ・・・「ありがたい」「感謝」

が大きく自分の中にできてきたともいえる・・・

 

そんな中で出会ってきた娘の旧友たち・・・

先生たちのインタビューの中で忘れていた人の顔が次々と浮かぶ・・・

 

「あー--そうだった」「へー-そんなっこともあったんだ」

「はー--そんな風に思ってくださっていたんだー--」

 

改めて・・・娘の「強運」に感謝でしかない・・・

 

そんな中・・・

「こうやって話の中に出てきた同級生の声もいただきたいね」

「今どうしているんだろう?」

「どうやって連絡とれるかなー--」

 

そんな声から何人かに当たっていった・・・

「恥ずかしいからビデオは・・・」そう言うシャイな同級生もいた

残念だなー--って思っていると・・・

「子どもが出ないっていうから・・・私が話すよー--」

って・・・その子の保護者が出てくれたり・・・

高校の「私学普通高校」に行った同志の「障害」者の友達と保護者が出てくれたり

 

そして何より・・・娘の「初恋」で小中学校の同級生の男の子が

快く取材を引き受けてくれた・・・

今関東の方で生活しているので・・・なかなかこちらに来て・・・

にはならないのだけれど・・・

ビデオレターで応援してくれるというのだ・・・

 

その前に・・・先日

かれろ話をする機会があった・・・

「こんなことあったねー--」「あんなこともあったねー--」

って・・・話をする中で

「あー--そんなこともありましたねー--」

「思い出したら・・・たくさんあるけど・・・実際は普通過ぎて・・・

語るって程のことはないんですよー--」

って・・・

「私はこんなことにもあんなことにも感謝してるよ」

「おかげで彼女は楽しい学校生活だったと思う」

そういうと・・・

「でもねー--麻佑ちゃんより周りの方が勉強になったんじゃあないかなー--」

「親になって思うんですよー--」

って様々語ってくれた・・・

「親も大変だったんだろーなー--」とか

自分が親になってわかる・・・と・・・

 

「今は・・・自分の子どもにも知的しょうがいの友達がいて

家族ぐるみで付き合っているんですよー--」

って・・・

「これも・・・ふつー--ですねー--」って・・・

 

子どものころやんちゃだった彼は・・・

お母さんにいつも言われていたそう・・・

「麻佑ちゃんを泣かせるようなことをしたら・・・承知しないから」

って・・・

 

本当にありがたい・・・

このお母さん・・・小学校のころ・・・娘が多分その子に

何やら・・・たくさん本人がいいと思って渡していたもの・・・

銀杏の葉っぱとかどんぐりとか・・・学校で拾ったもの・・・

その一部を

「たくさんいただいたので「しおり」にしたのでどうぞ」

ってお手紙を添えていただいたり・・・

そんな方だった・・・

 

しみじみ「思い出」と共に「感謝」があふれる・・・

それぞれのインタビューそれぞれが・・・

素晴らしくて・・・どこをどうかっとして作るのか・・・

 

これから・・・のんびりペースだけど・・・

楽しみで仕方ない・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

才能とセンス~「障害」児・者の場合~

最近・・・「障害」児・者の彼らを見ていると・・・

才能とセンスって言葉が思い浮かぶことがある・・・

 

才能って・・・

あるとかないとか言われるけど・・・

それって「磨いてないだけ」って・・・

びりぎゃるの著者の坪田先生は言ってた。

 

才能を辞書で引いてみると

確かに・・・

生まれつきの能力、その働きの優れていること、才能

とある。

 

でも坪田先生は

「基本的には後天的なもの」という。

 

広辞苑では

「才知と能力、ある個人の一定の素質、または訓練によって

得られた能力」

って書かれているらしい

 

・・・としたら・・・

「才能は誰にでもある」ってこと・・・

 

私も「障害」児・者にかかわっていて

ホントそう思うのだ・・・

好きなことやできることを

 

「毎日。少しづつでいいから何かを続けていくこと」

「どんどんやることを習慣化すること」

 

1点突破・・・

これ結構できる子が多い・・・

 

達人と呼ばれる人は、まず何よりも練習、が好き

その結果、上達は後からついてくる・・・という

 

どんなことであったも、どの分野でも・・・

ダイエット、資格試験、トレーニング、楽器、

どれも継続実践をせずして成長することはありません。

成長をし続けたいなら結果からみるのではなく

経過(プロセス)をだ大事に考えていかなくてはいけないなー--って

感じるのです。

 

「結果を出す人は努力を楽しんでいる」って聞きますが。。。

「障害」児・者の彼らを見ていると・・・

まさにそう思うのです。

楽しんでいる子は「伸びている」

最初は結果がどんなについてきていなくても・・・

楽しんで継続し続けて実践を重ねていると・・・

 

あとから「結果」がついてきているんです。

 

きっと・・・

「努力ができること」・・・

これもきっと「才能」だと私は思う。

 

「努力できる」にも・・・

まずは・・・「これできそう」「きっとできたら楽しい」

ってとこから入って・・・

「よし!!やってみよう」➡「続けていくぞーーー」

ってモチベーションは必要になってくるし・・・

その子その子の取り組み方があるし・・・

途中くじけそうになることもあるだろう・・・

 

誰にでもできることを誰よりもやる・・・って

言葉では簡単だけど・・・結構・・・難しいはず・・・

 

でも・・・どんな才能があるという人もいうことは・・・

圧倒的な「練習時間と練習量、連取の質」なのだ。

 

でも・・・これって知的しょうがいの子たちや

発達しょうがいの子たち・・・

結構できることが多いと私は・・・様々な子供たちを見てきて

思うのだ・・・

 

。。。で・・・やれることも1つではなく2つ、3つとあり・・・

結構・・・どこを尖らせていくか?を考えていくことが重要になってくる

 

その人が1番輝くこと・・・

 

私は・・・圧倒的に

「障害」児者関係の全般が【才能】だと私は思っている。

うちの下の第3子は・・・これに「センス」が加わる・・・

「微妙、絶妙な感覚」が備わっていると感じる・・・

 

まー--小さなころ・・・

言ってみれば・・・生まれた瞬間から・・・

「障害」児者に囲まれていたわけだから・・・

そうならざるを得なかった・・・いや・・・

「感じ取って獲得した」ってことになるのかな?

 

結局・・・才能もセンスも「後天的」に・・・

培っていけるものだってことなんだよねー--

 

これからもみんなの才能やセンス・・・

「発見」「磨く」

そんなお手伝いをしていきたいなー--

 

んー--楽しみ楽しみ💛♥💛(^^♪

 

 

 

言葉って大事~薄っぺらい人~

表現って大事ですねーーー

んーーー【言葉の使い方】かなーーー

話し方っていうのかなーーー

 

いつまでも話していたい人と・・・

1分でも・・・「もういいや」って思う人

 

一緒にこれからもやっていきたいなーーー

って人と

「なるべく会わないでいいや」

って感じる人・・・

これって・・・どんな違いがあるのか?なーーー

 

やっぱり・・・これって【言葉】の力が大きいとも思う。

会話の内容ってのかなー--

 

若い子は・・・

「そこ・・・目上の人にいうときは・・・了解しましたではなく

承知しましたのほうがいいよ・・」

とか・・・ちょこちょこ直すことができるけど・・・

そのー--言葉の使い方とかではなく・・・

んー--思いやりっていうのかなー--

優しさ?

 

んー--言葉って

その方の知性というか経験というか

奥行だったり厚みだったり深みだったり重さだったり・・・

そこを感じる人と

 

同じことを言っているにも関わらず・・

なんだか薄っぺらい・・・

きっと・・・自分の言葉で話していないというか・・・

興味対象の見えてるものに対しての興味が薄いというか

 

んー--あと

何か物事が起きた時にも感じ方が薄いのかもしれません

「感動したー--」「よかったー--」

「ショックだったー-」「悲しかったー--」

なんて言葉ではいうのですが・・・

「どんなところが?」「どんな風に・・?」

って聞くと・・・

そこから得る教訓や分析もない・・・って感じでしょうか?

 

何かで見たのですが・・・

薄ぺら委人の特徴・・・

ってあった・・・

 

  1. すぐに見栄を張る中身に伴わない言動や行動をするケースが多い
  2. 日によって言動が変わるその場その場で自分に1番メリットのある言動をする
  3. 浅い知識をひけらかす「自分はできる人間だ」というアピールをしている
  4. 極度の飽き性自分で決めたことさえもコロコロ変えてしまいます
  5. 質問に対してすぐ返答ができないその後を考えておらず、返事ができません
  6. 自分の意見を述べない「〇〇が言っていた」など、人の意見を言うことも多い
  7. 深い人間関係が構築できない中身まで深く見ようとしない

 

ふむふむなるほど・・・

私の周りにも・・・そんな人

いるなー--って思う・・・皆さんの周りにもいませんか?

「アーーーいるなー--」

って声が聞こえてきそうですが・・・( ´∀` )(笑)

 

普通に友達とか同僚とかなら・・・まだいいんですが・・・

これが【リーダー】

とかだと・・・日々疲れちゃいますよねー--

 

でも付き合い方を考えるしか・・・

毎日会う人や、関わらざるを得ない人との関係構築はありません

 

正直、付き合うのは最低限にしたいのですが・・・

そうもいかないとき・・・

気を付けるポイントが書いてありました。

 

  1. 相談事は控える
  2. 程良い距離感を保って接する
  3. 端的に話すのを心がける

 

私も・・・ここ心がけています・・・

じゃあないと疲れるし・・・

何より・・・自分の人生の時間を無駄遣いしたくはないから・・・

(本人に悪気は全くないですからねー--)

 

でも。。。本人が変わりたいとか願っているとしたら

付き合い方も変わっていきますかねー--

 

戸にも格にも

人生の時間は有限ですから・・・

付き合う人は・・・

この年になるとホントに選択しています・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「障害」~彼らがピョンピョンの理由は?意外な視点~

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先日面白いことを聴いた・・・

うちの会には毎月東京から体のメンテナンスを

此方に来たついでに・・・

「福岡価格で」ってお願いして来ていただいている

整体施術をしてくださる方がいる・・・

体のゆがみや疲れだけでなく

その根本はどこなのか?

どんな食べ物が会わないのか?

今・・・どこの臓器が疲れているのか?

心の状況がこうではないか?

表情筋が・・・

様々な現状がわかる・・・

今月も数十人が見てもらって・・・

夜一緒にお食事をするとき

「先日一緒に来たスポーツトレーナーが言うんだよねーーー」

って・・・

ここで見た子で一番骨格がきれいなのは・・・

って言われたのが・・・自閉症スペクトラムの子だった・・・

小さなころから動きが機敏で

大人になってからは・・・ちょっと体格が横に大きくなってしまって

肥満気味・・・と言ってもいい・・・

けれど・・・その体でも・・・よく動く・・・

急に走り出したり・・・ぴょんぴょんしたり・・・

体を右に左にと大きく揺さぶったリ・・・

「この行動にどんな意味があるのかな?」

わかるときもあれば・・・

想像すらつかないこともある・・・

でも・・・

「骨格がきれい」と言われてみて・・・

そして整体師さんやトレーナーさんも言っていたのだけど

この動きにこそ・・・

自然界というか・・・

動物的本能というか・・・

そこの深い部分で本人たちは「歪み」を解消しているのでは?

ってこと・・・

体の不調が起きたときに・・・自分達自身で

飛んだり跳ねたり・・・左右に体を振ったり

走ったり・・・

この行動には・・・そんな意味もあるのかもしれない

 

なるほどなーーーー

何人もそんな子が周りにいるけど・・・

確かに・・・そうかもしれない・・・

「歪んでない」気がするし・・・

なんなら姿勢がいい・・・

筋肉もバランスよくついている気がする・・・

「ふーーーん面白いなーーー」

 

「僕が飛ぶ理由」だったか?跳ねる理由だったか?

自閉症スペクトラム乃東田さんが書いた著書も読んだことが

あるけど・・・

心的不安定ももちろん・・・

そこから来る体の不調も・・・

感じ取って・・・「動く」を選択してるのかもねーーー

 

口に出せる子は・・・

「こんな気持ちで」「モヤモヤする」「オーラがそう感じる」

なんて言う子もいますが・・・(笑)

 

私たちが感じ取れないことを・・

本当に自然に感じ取ることができるのかもしれない

そう感じること・・・

「障害」児をみていると感じることがあります。

この子達にもそれぞれお役目があり・・・

その課題を私達周りが「考えなさい」って言われているのだろう

と・・・

よく感じます。

 

スタッフとあーーでもないこーでもない

「こうしたら?」「こういうのよくない?」

そんなことを語りながら・・・

 

この子達を「見つめる」その視線は・・・

「荒さがし」「できないこと探し」ではなく・・・

どこに「視点」を置くか?おけるか?

 

私も下の娘と・・・

「あの子は・・・コーーーだよねーーー」

「こんなのどうかなーーー」

「これって使えると思う?」「こうしたら集中したよ」

なんて・・・福祉談議ができるようになってきた・・・

 

若い人の『視点』ってまた刺激になる・・・

 

今日は・・・気持ちの良い晴天・・・

外でピョンピョンしてみるかなーーー(笑)

 

 

 

 

 

 

 

「障害」児者のネガティブバイアス

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「障害」者の就労支援に行くと・・・

よくネガティブバイアスの方が多いなーーーって

感じることがあります。

 

まあーーーとかく人って

そちら側に引き寄せられやすい傾向にあることは

間違いありませんよねーーー

 

ネガティブバイアスとは・・・

ポジティブな情報よりネガティブな情報に

価値を見出し重点を置くこと

 

「おーーーあえてそれをいうかーーー」

「おーーーそう考える?」

「ふーーーんそう見えちゃうんだーーー」

「そんな風にとらえるのねーーー」

 

なんて。。。たくさんあります

もーーーびっくりするくらい・・・

 

まーーー一般的にも・・・

 

数年前に10000円を落としたことは覚えているけど

数年前に誰から10000円もらったかは覚えてなかったり・・・

 

恐怖体験はいつまでも覚えているけど・・・

「あそこ楽しかったよねーーー」は・・・

「そうだったっけ?」ってなることもありませんか?

 

それくらい人ってポジティブなイメージより

ネガティブなイメージのほうが記憶にも残りやすい・・・

 

10のよいことよりもたった1つの悪いことに固執したりして・・・

 

また、1度ネガティブなイメージを持つと

それをポジティブなものに変えることは

非常に難しくなりますねーーー

 

でもその反対にポジティブなことをネガティブに変えることは一瞬です、

 

悪いイメージは印象に残りやすい・・・

 

どんなにボランティア精神にあふれ社会貢献している人でも

その方がスキャンダルを起こしたら・・・

もーーー最低最悪の人間のように・・・叩かれたりしませんか?

そこから・・・良い印象に変えることって・・・

本当に大変だったり・・・

 

「障害」者の施設では・・・

いつの話か?っていうほど・・・昔の出来事を

たった今起こったように・・・鮮明に覚えていたりして

そこを何度も何度もいう子がいたり・・・

 

休みが続いてこれなくなって・・・

「私は必要のない人間」

「私は死んでもいい人間」

なんて・・・いうほど・・・自己肯定感、自己重要感が低い

なんてことも日常茶飯事・・・

 

また常に疑心暗鬼・・・

「本当はこう思っているのでは?」

「あの人が私のことを・・・」

「なんかひそひそ言ってる」

「あそこで笑っているのは・・・私のこと」

なんて・・・気になって気になって・・・なんて人もいますねーー

 

マイナスの思い込みは7つほどあるそう・・・

減点思考、無力思考、悲観思考、自責思考、他責思考、無責思考、べき思考

ここには

悲哀、憂鬱、不安、無力感、恐れ、罪悪感、しゅちしん、怒り、不満、疲労感

嫉妬・・・

様々な府に感情・・・ネガティブな感情が渦巻いてる・・・

 

ある利用者に

「パワーポーズをとるとストレスが解消されますよ」

って言いました。

考え事をするとき

仕事に行き詰ったとき・・

やってみることをお勧めしました・・・

 

「あーーーなかなかいいかも・・・」

「おーーーなるほど・・・元気になる気がする」

 

また。。。

人との「雑談」も大事ですよねーーー

一人で考えると悶々としてしまいます。

ちょっと・・・行き詰ったとき

一人で考えてばかりで・・・悪いことばかり考えるとき

誰かと

ホントに些細なつまらないことでも話してみましょう。

 

話す方がいない方・・・

お付き合いしますよーーー(笑)( ´艸`)

 

「個別支援計画」~変化、動き、成果、検証~

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「なーーるほどなーーー」

 

ある事業所で個別支援計画を見る・・・

 

「んーーーこの子3~4か月計画内容が動いてないなーーー」

「んーーーこれってできるようになる道筋が見えないなーーー」

 

なんて・・・

見えてくるものがある・・・

 

出てない「成果」から「検証」する

 

「この子こんなこともできた」

「もっとこんな伸びしろきっとあるな・・・」

「案外・・こっちではなくて・・・こっちかも」

 

なんてこともたくさんある・・・

 

私は個別を作るとき・・・

かしこまった「面談」形式はとらない

常に・・・日常のその子を追いかける・・・

 

「今月はこのことこの子お願いします」

 

そういわれたら・・・

普段の支援の中で

その子に仕事中の雑談中に・・・

ほかの子もいたりしながらも話をする・・・

(個別にもティータイムなんかに聞きますけどね)

 

「ねーー将来ってどんな生活がしたい?」

「何をしている時が一番楽しい?」

「お休みの日は何してるの?」

 

みたいな感じ・・・

単なる雑談ですねーー

 

先に前回の個別支援計画を頭に入れておいて・・・

前回の評価をとらえながら・・・

そこをもとに「雑談」のネタを仕込んでいきます。

不自然にならないように・・・

よって・・・人がいるときにやるほうが自然だったり

ここは「深堀り」必要ってのは・・・個別で話したり

 

「次は何からいこうかな?」

「重点項目をどこに置こうか?」

「この子の今の興味関心から・・・やるべき優先順位は?」

 

そんなことを考えていきます。

 

とっても吸収力の良い子・・・

のんびり屋さん・・・

最初から超ポジティブな子

反対にどん底ネガティブな子・・・

 

笑えるほどたくさんの「個性」があり・・・

それぞれの『特徴』『特長』『特性』

おもしろーーーい・・・・

 

私は基本「障害」児者を見ていますが・・・

これって・・・大人にも・・・

健常児といわれる子どもにも・・・

 

使えるなーーーって思うのです。

 

「個別支援計画」って・・・

結構誰にでもいるものですよねーーー

 

・・・で・・・結構自分では身近なもののことはわからない

また・・・

自分のことを自分自身が一番わかってない・・・・

ってことってよくありませんか?

 

自分が自分のいいとこって・・・

ここだ!!って思っていることと・・・

他者が思ってることって・・・全然違ったり・・・・

「おーーーそこをそうみるかーーー」

「へーーー気づかなかった」

みたいな・・・・

 

また、自分がこの分野が得意だから・・・

って思ってることと・・・

人が「ここ教えて・・・」

って言うことが違っていたり・・・ってことも・・・

自分では

「ここが好きーーーココ得意!!」

って思ってることが・・・案外人には必要とされてなかったり・・・

 

人のニーズって思わぬところにあるなーーーって思うことも

結構あります。

面白いですよねーーー

 

そういえば武井壮さんだったかなーーー

どんなに世界一のものを作っても人に必要とされなかったら

価値はない・・・

世界でたとえ1位でなくて10位でも何位でも必要とされている人が

千人、万人いることのほうが価値がある

的なことを言ってた・・・

 

自分の陸上競技に例えながら・・・

 

私たちも

いくら人数に触れても・・・

その「価値」をどこにおくか?

それがどれだけその方の人生において役に立つのか?

変わっていけるのか?

そこにフォーカスしていって・・・

「変化」がなければ・・・やってないのと一緒・・・

ってことですよねーーー

 

なんにせよ・・・

やはり「成果」

 

苦しさから脱却して前に進んだ

引きこもった状況から少しづつ自分のことができるようになった

自己肯定感下がりまくりだったのが【できる】を感じ取れるようになった

できないとやらなかったことが【やれる】ことがわかった

 

「変化」「変わる」って大変だから・・・

やりたくない理由・・・みんな作りがちだけど・・・

底。。。乗り越えると・・・

また違う「景色」にであえますよーーー

 

 

「障害」は「個性」なの?

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最近何だか・・・

ふと腑に落ちることがあった・・・

 

良く・・・

「障害」は「個性」という人がいて・・

何だか・・・それを「納得」しようとしていた自分がいて・・・

でも何だか・・・「すっきり」

しないまま・・・そんな言葉もなんとなく・・・

「ふーーーん」って感じで流していた・・・

 

・・・があるとき何かの本の片隅に・・・

 

成功者はよく

「個性」が大事「好きなこと」をやれって言うけど・・・

 

「個性」が認められるのって・・・

「みんなが理解でき、みんなが喜ぶモノ」

なんじゃあない?

「曖昧」なものって・・・誰も「個性」って言わない

自分一人が「個性」って言っても思っても・・・

誰もそれを「個性」って思わなければ

いくら叫んでも誰にも届かない・・・

みたいなことが書いてあって・・・

 

「あーーーなるほどなーーー」

って腑に落ちた・・・

「障害」=「個性」

これって・・・

「みんなが理解でき、みんなが喜ぶ」

ってことにはなってない・・・

 

まーーー簡単に言えば・・・

親が周りがそう理解しようと・・・しているってこと

なんだなーーーって理解した・・・

 

うん・・・「個性」と言えば「個性」なのかも・・・

でも・・・それが「喜ばれているか?」

私はここに「疑問」があって腑に落ちなかったんだなーーーって

 

「個性」って一般に「認められるもの」ってイメージが勝手にあって・・・

私は私の子どもに「個性」って感じなくて・・・

この子独自・・・ってのはあるかもだけど・・・

「個性」って他の人の多くが言うのかな?って疑問で・・・

(自分がそれで納得するなら・・・それはそれでいい)

でも「悪くはない」悪いものではないって理解していた・・・

 

要は私は結局・・・

「個性」ではなく「特性」だと思ってるんだなーーー

って腑に落ちたんだ・・・

 

まーーー「特性」ってのも

「特長」「特徴」「特性」似たような言葉がいくつもあって・・・

 

私は自分の「障害」者の娘に「特性」を見つけて

育ててきた・・・そう感じている・・・

「特性」・・・その者だけが持っている性質、能力、特質

 

言葉って・・・結構「曖昧」

でも・・・自分の本当の心理ってどこなのかなーーー

って子どもを育ててきて・・・考えることがある・・・

 

私も自分の子どもの「障害」=「個性」って思おうとした

時期もあったし・・・

そう言って

「みんなにわかってほしい」「知ってほしい」

時期もあった・・・

でも・・・これって「個人」ってイメージがつくのも

なんとなく・・・自分の中に違和感があって・・・

 

人間みんな「個」なんだけど・・・

「障害」児の娘を「個」の問題にしたくなかった・・・

そんな思いがあったのだろうなーーー

って単純に思います・・・

 

私は・・・「障害」児者をみるときに

「特性」ありのままをみる・・・

 

そこから・・・

「今・・・何をするのが効果的なのか?」を考えるんです。

 

日ごろ見ている子だったら・・・

だいたい30分くらいで・・・

「あーーー今ここしたら・・・バク伸び・・・」

ってだいたい分かります。

 

わかった=できたにもならないですから・・・

「わかった」からが「始まり」ですねーーー

 

小さなステップを試行錯誤・・・していきます・・・

そこがまた・・・面白い・・・

ぐんぐん・・・よくなっていくから・・・

 

「みーーーんな可能性一杯」「みんな素晴らしい」

 

そう感じながら・・・日々を楽しんでいます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「解釈」と「事実」の狭間で。。。困ってる人がいませんか?

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最近・・・

ある場所での「障害」児のラベリングについて

「これは差別事象ではないか?」「大きな問題では?」

と・・・情報が入ってきた・・・

 

そこで・・・

私は「また聞き」ですべてを判断しないので・・・

それが・・・

【事実】なのか?【解釈】なのか?

確認する必要があるなーーーって思って・・・確認に向かった・・・

 

ってことがあった・・・

 

みなさんの日常においても・・・

それって「事実なの?」って耳を疑いたくなるようなことって

ありますよねーーー

 

でもよくよく話を聞いてみると・・・

「話にきた方の【解釈】も多分に入ってる」

そんなこともあります・・・

 

仕事の場面や話の中でも・・・

「んーーーそれは、あなたの解釈がずれてる」

って思うことや・・・

「それってあなたの解釈で事実が曲がって伝わってる」

なんてこともあったりして・・・

 

これって・・・仕事の場面で起こると・・・

なかなか困る事案になりますよねーーー

 

でも・・・日常の中で【事実】と【解釈】これをよくわからず

やってしまってるってこと・・・

往々にして「あるある」って感じるんですよ・・・

(私含めてですねーーー)

 

事実って・・・簡単に言うと・・・

「誰が見ても聞いても変わらない」ということですよね

 

福岡県の県庁所在地は福岡市にある

とか・・・

今日の気温は25度です

 

・・・は事実・・・ですよね・・・

誰も変えようがないので・・・

 

でも・・・

福岡県の所在地は吉塚駅で降りたとこ・・・とか

今日は暑い・・・

 

なんて・・・いわれると・・・

これは人によって違う・・・解釈になります・・・

 

解釈は主観・・・人によってそれぞれ言い分が

変わるってことになりますよねーーー

 

これって

 

「あーーなるほどねーーー」

 

って言えばわかるんですよ・・・

その時は・・・ねーーー

 

でもこれって

「言うは易し」ですが・・・「行うが難し」なんですよねーーー

 

今回の問題の整理をしていても・・・気づかされましたし・・・

 

私は「顧問」という立場で福祉現場に入っていて・・・

よく思うこともあります。

 

・事実の確認に対して、解釈で回答している。

・それぞれがあいまいな言葉で会話している。

 

これでは「現場」がうまく回るわけがないんですねーーー

とても「非効率」になっていきます。

 

・何をどうするか分からなくなる

・再確認が必要になる(二度手間、もとに戻る)

・間違った認識で進んでしまう可能性がある

・成果に「つながらない、トラブルが発生する

 

でも・・・人の癖って・・・

なかなか変わらないんですよねーーー

 

特に女子の場合・・・曖昧が好きだし・・・ニュアンスで話したり・・・

そんなことってありません?

 

後になって・・・

「結局なんだったっけ?」みたいになったりして・・・(笑)

 

これが・・・世間話ならいいんですが・・・

仕事の現場では・・・困る・・・"(-""-)"

ことが多いです・・・

 

時に「解釈」は受け止める側には・・・

柔らかく柔軟に・・・

なんてこともありますよねーーー

 

解釈の仕方で・・・

「気持ちが楽になる」

「心が軽くなる」「肩の荷が下りる」

 

んーーーさっきも・・・

ラインで・・・なんか曖昧な支援会話・・・

んーーーー

 

「これでは・・・また同じことやるなーーー」

「あーーこれで何回目ですか????」

 

しっかり・・・全員「周知」しないと・・・

いけないなーーー

ここは「事実」をしっかり受け止め対処していかないと・・・

「障害」者の当事者がこれからずーーーっと困ることになるんだyo---

 

みなさんの現場はいかがですか?

「解釈」と「事実」しっかりできてますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「障害」児者支援~言葉が引き寄せてしまうこと~

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「障害」児者支援に向かい合うとき

「それは・・・むずかしい」
「たいへんですよ」
「そんなの無理」「〇〇だから・・・ちょっと」
「時間がないから」「△△さんだから」「それってコストがかかりますよ」

なんて聴いたりします。

「今度、〇という支援法をしてみようか?」
「でも、〇ってむずかしくないですか?」

「いやーーー今は無理じゃあないですか?」


といった会話は、
結構・・どこの支援現場でもあるのではないでしょうか?

この言葉の意図は、
「新しいことをしたくないなあ」といったような
後ろ向きの場合もあるかもしれないし、
やる方法やアイデアがパッと思いつかないときもあるでしょう。

じっくり考える前に、なんだかいつもの
口癖で言っている場合もあったりなんかして・・・

もし、本当に支援をしていきたいのであれば、
言葉には気をつけたほうがいいでしょうねーーー

なぜなら、
この言葉を使ってしまうと、
その先のアイデアが思い浮かばない、いつまでもやらない

むずかしい=考えることを放棄➡今はやめとこう

ということになってしまうからです。

 

人間の脳って・・・不思議なもので、
自分で発した言葉に左右されるようにできているらしいんです。

引き寄せの法則って聞きますが・・・

脳ってよく聞く「言葉」の現状を集めようと

五感を働かせるらしいのですよ

よって・・・先ほどあげたようなワードは、
極力、言葉にしないようにしてみることをお勧めします。

そして「〇〇だから」の「〇〇」には、
「重度だから(支援ができない)」
「周り(家族、上司など)が許可してくれないから…」
「母(父)が邪魔する」「部下が指示通りしないから…」
のような使い方で、
自分ではない「できない理由」を作っていくんです。


「重度だからできない」といった内容は、
課題ではないですよね
これって「条件」なので、
これから変えられるようなものではありません

その条件が変わらなくても、
つまり、その条件がある中で、
できることを探しやるのが支援者としての基本ですが、
「〇〇だから(できない)」と思ってしまうことで
アイデアも思いつかず、考えなくなるので、
やっぱり、これらの言葉を
自分が言葉にしないことをお勧めします。

言葉にすることで、
無意識のうちに、
自分を守りに入らせているかもしれません。

それって・・・
自分は守られたとしても、
支援するべき人のSOS状態は、
結局続いてしまって・・・解決にはなりませんよねーー

ですから、これらの言葉を省き、
自分自身がアイデアを出やすくしていく。

ということです。

もちろん、ひとりですることではないので、
チームのみんなも
「むずかしいよね」
などのようなネガティブな言葉を発すると
どうしてもそちら側に引き寄せられがちになってしまいます。

言葉にしないことが、
チームのみなさんからも
アイデアが出るきっかけにもなるのです。

今まで、
「むずかしい」
「たいへん」「時間がないから」
「無理」「△さんだから」
「〇〇だから」「コストがかかる・・・」
という言葉を、
口癖や条件反射的に使っていた方は、
ひとつでもふたつでも減らすイメージを持ったほうがいいでしょうねーーー
もし、使ってしまっていたなら・・・

今日から

「・・・って前には言っていたよねーーー」

「・・・って前には思っていたよねーーー」


使わないようにしよう!ってな具合でしょうか?

そうすることで、
このワードを使うことが減っていくので、
きっと・・・自分のアイデアが出やすくなるかもしれません。

まずは、できることの中で考えるクセをつけましょう。
ひとりではなく、
チームの中でアイデアを出し合っていきましょう。

ひとつ解決すれば、
それが・・・成功体験となり、
アイデアが、次々と出てくるその頻度はきっと

高くなること間違えなしですよ・・・

ぜひ・・・意識していきましょう・・・

「障害」その子その子のストーリー

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「障害」者就労支援現場・・・

子ども達・・・一人ひとり・・・

そのストーリーを感じながら彼らをみています。

 

「あーーーこんな生い立ちなのかーーー」

「何を抱えこんな行動をするんだろう?」

「こんなにいい子でいようとする背景には何があるんだろう?」

「家族はこんな行動に出会ってるかな?困っていないかな?」

(子どもって言っても・・・10代から60代までいて

自分より先輩もいるんですが・・・)

 

その中に・・すごく気の利く子がいます・・・

その行動がものすごい・・・

周りをめちゃくちゃ観察していて・・・困っていたら・・・

サッとなんでも出てくる・・・

 

パット見たら・・・

「わーーーすごいねーーー」「気が利いて・・・ありがとう」

って感じで・・・

みなさんに感心されるお子さん・・・

 

でも・・・その生い立ちをみたとき・・・

その行動が・・・切なくなった・・・

 

「きっと小さなころから怯えていたんだな」

「人の顔色ばかり見て生活してきたんだな」

「子どもらしくいられた時間ってどれくらいあったのかな?」

 

そうです・・・虐待家庭で育った環境下にいたんですねーーー

 

日常の中に

急に大きな声、ものが飛んでくる・・・

そんな幼少期からの生活・・・

 

日常が常に「お化け屋敷」にいるかのような感じ

とでも言うのでしょうか?

 

どこから何が飛び出てくるかわからない・・・

びくびく・・・おどおどして・・・

でも前に進むしか出口はない・・・って感じ・・・

 

常に「ショック」が突然やってきて・・・油断なんてできない

神経がいつもピリピリした感じ・・・

 

だから・・・

職場でしーーーんとした空気感があったとき・・・

泣き出してしまったことがあるそうです・・・

私は・・・その現場にはいませんでしたが・・・

「何だか・・・怖くなった」といってた・・・

という発言を聴いたときに・・・

きっと・・・しーーんとした後の・・・静けさの後に・・・

何らか突然に起こるひどい状況を想像したのではないかなーーー

なんて思いました。

 

音がある生活・・・笑いの環境にすごく安心感があるようで

そのこ子と一緒のときには

飛び切り「笑顔」「環境」「言葉」に飛び切りの配慮をします

(まーーーどの子にもですが・・・気をつける観点はそれぞれですねーーー)

 

虐待の環境まではないにしても・・・

みなさんも心あたりはありませんか?

 

急に大きな声で怒鳴る

「何やってんのーーー!!(゚Д゚)ノ」

「やめなさい!!」「何度言ったらわかるの!!」

命の危険があるときには仕方ないにしても・・・

それが日常になったら・・・

子どもは何も言えなくなっちゃいますよーーー

 

いつ大声が来るのか?わからず・・・どぎまぎ・・・

神経過敏になって・・・

人の顔色ばかり見て・・・本来の自分を出せなくなってしまいます。

 

そんな自分になってませんか?

叱るのは・・・大事!!だけど・・・

叱り方は・・・もっと大事!!

 

子どもの良さをつぶすことがないように

何をすれば・・・どうすればいいのか?

常に大人も学びの意識を忘れないようにしなくてはいけませんね・・・

 

いつも子ども達を見ていて・・・

そう感じています。